ラノベブログDA王

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この世界から先生は要らなくなりました。   第05章・第30話

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遅刻

「だけど、今の話を聞いた限りでは、キミの心象はともかくそこまで悪辣な人間には……」
 ボクの反論は、直ぐにユミアに遮られる。

「でしょうね。確かに最初はそんなモノだったわ」
 ユミアは丸めていた脚を地面付け、大きく伸びをした。

「それにしても、タクシー遅いわね」
 突然、話題を換える栗毛の少女。
どうやら、それ以上話してくれる気は無いらしい。

「ユークリッターの発表がされるかもって、時だからな。上の階もあの有様だったし」
「まったくマスコミのヤツら、自分たちの交通ルールの遵守には、メチャクチャ甘いんだから」
「マスコミ嫌いは、久慈樹社長だけじゃ無いみたいだな」

「アイツと一緒に、しないでくれる」
 再び脚を抱え、丸くなるユミア。

「こっちはお兄様……兄さんが大変な時でも、容赦なく取材されたんだから」
 ボクはまた、彼女の心の触れられたくない部分に、触れてしまったのかも知れない。

 ユークリッド本社の地下駐車場から、かしましい少女の声は消え、替わりに沈黙が場を支配する。

「それにしても、タクシー全く来ないな。遅れるんなら、連絡くらいくれても良さそうなのに」
 やっとの思いでボクが口を開いたのは、30分以上経過した後だった。

「あッ!!」
 突然、大声を上げるユミア。

「い、いきなり、どうしたんだ。ビックリするじゃないか」
 正直、心臓が止まるかと思った。

「ゴメン、先生。タクシー、マンションの方に呼んじゃった……」
「え!?」
 そりゃ、いくら待っても来ないワケだ。

「マンションって、天空教室の方だよな」
「うう……わたしったら、ごめんなさい」
「ミ、ミスは誰にだってあるさ。えっと、今の時間は……」

 スマホのデジタル時計は、『12:42』となっていた。

「どうしよう、午後の授業が始まっちゃうわ。わたしはともかく、先生が遅刻はマズいわよね」
 アワアワと、慌てふためくユミア。

「午後一は、ボクの授業だからな。事情を話して、他の先生に換わってもらうか……」
 スマホを取り出し、ユークリッドの事務局に電話をかけようとしたその時、ユミアがボクのシャツを引っ張った。

「ねえ、見て。枝形先生だわ」
 ユミアの指先を追って行くと、高級車がズラリと並ぶ駐車場に1台だけ場違いなミニの車があり、それに中年の男性が乗り込もうとしていた。

「おや、これはお若い先生じゃねェですか。また会いましたな」
 枝形 山姿郎は、シワの寄った水色のシャツに黄色いネクタイをしていて、隣でユミアもあからさまに眉をひそめている。

「今日から先生の次の時間に、歴史の授業を任されたんだがよ……アレ、1時から授業だってのに、こんなところでブラついてて大丈夫かい?」
「実は、全然大丈夫じゃなくてですね……」

 事情を説明すると、クリーム色のミニカーみたいな車はボクたちを後部座席に乗せ、勢いよく地下駐車場を飛び出した。

「このオンボロは、4人乗りっちゃぁそうなんだがよ。見ての通りの小ささだ。身体をしっかり折り曲げてねえと、マスコミ連中に見つかっちまうぜ」
 バックミラーに映った中年オヤジの口元が、嬉しそうに笑っている。

「は、はい」
「ちょっと、どこ触ってんのよ!」
「仕方ないだろ。この狭さに隠れてるんだから」

 車で5分も走ると、天空教室のあるマンションの地下駐車場に辿り着いた。
そこには、一台のタクシーがドアを開けたまま待っている。

「すみません。こちらの手違いで、間違った場所に……」
「若い先生。あとはやっとくから、先行きな」
「では、お言葉に甘えて」

 ボクとユミアは、急いでエレベーターに乗り込み、ギリギリで天空教室へと転がり込む。

「先生。そんなに慌てて、どうしたんですか?」
 正義を重んじる少女、新兎 礼唖が言った。

「す、すまない、ライア。遅刻しそうだったんでな……ハアッ、ハア」
「じゅ、授業は、まだ……始まってないみたいね」
 ボクもユミアも、息を切らしていた。

「先生の授業なら、30分遅らせるんだって」
「何でもユークリッドの新作アプリを、天空教室のみんなで試して欲しいってコトでさ」

「そ、そうなのか、レノン、タリア」
「そだよ」
「今、色々と触っているところだね」

 あっけらかんと言い放つ、レノンとタリアの暴れん坊少女コンビ。

「随分と遅かったじゃないか、キミたち」
 すると後ろから、久慈樹社長の声が聞こえた。

「うわあ、アンタ居たの?」
「ずっと前にね。キミたち、どこを寄り道してたのかな?」
「色々と、事情があったのよ」

「聞いての通り、彼女たちにはユークリッターを使って貰っているんだ。先に触ったキミたちには、今回は遠慮してもらうよ」
 若き社長は、ソファーに座りながら優雅にワイングラスを傾ける。

「つまり……授業まであと30分余裕があると?」
「もう。なんだったのよ、わたし達の苦労はァ!」
 ボクたちは、背中を合わせてヘタリ込んだ。

 

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