イヴァンと3人のオオカミ娘
「オイ待てよ、オレたちは大人だぜ!」
赤毛の少女が、不機嫌そうに言った。
「あのなあ、お嬢ちゃん。どこにそんなチンチクリンの、小っこい大人がいる」
酒場の扉の前で、制服姿の店員が仁王立ちで立ち塞がっている。
「後ろのお姉ちゃんだって、未成年にしか見えないのに……」
「ええ、まあ……」
(しまったわ。雪影か、せめてあのデカぶつが居れば、こんなコトには……)
「なんか言ったかい、お姉ちゃん?」
「いえ、なんでも……アハハ」
パッションピンクの髪の少女は、照れ笑いをして誤魔化した。
「仕方なしじゃな。妾たちは見た目、どう見ても子供じゃしのォ」
漆黒の髪の少女が、腕組みをして天を仰ぐ。
すると、少しくたびれた顔の、中年男の顔がそこにあった。
「済まぬがこの者たちは、わたしの連れなのだ。入れてやってはくれぬか?」
「あ、貴方は……?」
どことなく威厳のある男に、店員は恐る恐る素性を問いかける。
「ニャ・ヤーゴの街の騎士団長、イヴァン=ヴァス・ティアスだよ」
そう名乗った男は、銀色のチェストプレートに身を包み、赤いマントを羽織っていた。
彼の足元には、オオカミの様に尖った耳をした、灰色の髪の3人の少女がいる。
「お、お前は……別動隊の、隊長か!?」
「へ……ああ、魔王城攻略の時の人!?」
シャロリュークとカーデリアは、過去の記憶を呼び覚ました。
「その節は、お世話になりました」
2人の少女に向け、深々と頭を下げるイヴァン騎士団長。
その姿を見て、店員は恐々とする。
「妾も見覚えがあるぞ。確か、王都で妻が亡くなったとか言っておったな」
「ええ。わたしの妻は、王都でサタナトスによって殺され、魔王の材料とされた魔導士の1人です」
「確かエキドゥ・トーオの王宮の、王宮魔導士だったのよね……」
「ですが倒された魔王は、蒼き髪の英雄の剣によって新たな生を受けました」
「お主の連れている3人が、あの時の娘たちじゃな」
ルーシェリアが目を向けると、3人は尖った耳をクルクルして様子を探っている。
「はい。我が妻や他の魔導師たちの生まれ変わりと思って、大切に育てております」
イヴァンが少女たちの頭を撫でると、3人は嬉しそうに表情をほころばせた。
「何とも可愛らしいのォ。して、名前は付けたのかえ?」
「はい。かの聖女様にあやかって、パトラ、パニラ、パメラと名付けました」
「パ、パレアナの名前かえ。生きておったら、何と言うじゃろうな」
「恐れ多いとは、思ったのですが……」
「イヤイヤ、良き名じゃ」
「と、ところで……入店はされるのですか?」
待ちくたびれた店員が、苦笑いを浮かべながら言った。
一同は、イヴァンを先頭に酒場に入り、大きな丸いテーブルを囲んで座ると、酒は頼まず食べ物のみを注文する。
「それにしても、どうしてキャス・ギアへ?」
「実は領主より、皆さまがサタナトスの過去を調査されているので、補佐をせよとの命を受け、馳せ参じました」
「ふむう、あの領主も中々気が利くのォ」
「有難いケド、騎士団長のイヴァンさんが街を離れて、大丈夫なの?」
「ニャ・ヤーゴにはわたしの他に2人、優秀な騎士団長がおりますからな」
「ま、取り敢えず、酒場には入れたんだ。情報収集と行こうぜ」
「でも、そんなに簡単に、情報が集まるかしら」
赤毛の少女の気楽さに、不安を吐露するカーデリア。
「はいよ。ご注文のデザートリザードの、丸焼きだよ」
ぶっきら棒なおばちゃんが、大きなトカゲの丸焼きをテーブルに置く。
「こりゃあ旨そうだ。この辺りの、特産かい?」
シャロリュークが、さり気なく問いかけた。
「コイツは、西の礫の砂漠に生息するトカゲでね。よく冒険者たちが、売りに来るのさ」
「冒険者か。この酒場にも、居るのか?」
「ああ、居るよ。向かいのテーブルで1人で酒飲んでるのなんか、ウチの常連さね」
おばちゃんがカウンターに戻って行くと、赤毛の少女は向かいのテーブルへと歩き出す。
「なあ、おっちゃん。冒険者なんだって?」
「まあな。それがどうしたィ、嬢ちゃん」
「冒険の話、聞かせてくれよ。デザートリザードは、おっちゃんが獲って来たのか?」
「そうだ。昔はかなりの数獲れたんだが、最近じゃ数がめっきり減っちまってな」
「なんで数が減ったんだ。砂漠で暑いからか?」
「砂漠生まれのトカゲが、暑さでへばるかよ。何年か前から近くにあるオアシスに、獣人の女どもが棲みついてからと言うモノ、全然だ」
「獣人って、どんなヤツらだ。おっちゃん、見たのか?」
「イヤ。だが知り合いの話じゃ、トカゲみたいな恐ろしい女の集団って話だぜ」
「トカゲがトカゲ、喰うのか?」
「かもな。ハッハッハ」
「アリガトな、おっちゃん」
赤毛の少女は、自分のテーブルに戻って行った。
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