聞き込み調査
「キャス・ギアって、この辺りじゃ有名な農業の街なんでしょ。とても何年か前に、飢饉があったようには思えないわね」
カーデリアが、前を歩く2人の少女に向かって言った。
街は活気に溢れ、通りは自慢の農作物を売る店や屋台で溢れかえっている。
「見てくれの感想なんて、意味ねえよ。カーデリア」
「そうじゃな。人間と言う生き物は、闇をあまり表に出さぬでの」
「そりゃ魔族みたいに、自分が悪の権化ですってヤツは、殆どいないわね」
「しゃーない。定番だが、酒場に行ってみるか」
「酒場かえ。あそこは冒険者や労働者が、日頃のうっ憤を晴らす場所と聴くのォ」
「でも、まだ昼前よ。酒場なんて、開いてる時間じゃ無いわ」
「酒場ホドじゃね~が、レストランでも情報が聞けるかも知れねえぜ」
「そうね。お腹も空いたし、早めに行って情報を集めましょう」
3人は、街の大衆食堂へと向かった。
両開きの木扉を押しのけて入ると、中は大勢の人でごった返している。
「ご注文は、何にしますか?」
「悪いな、姉ちゃん。オレたち、よそ者の冒険者なんだ。お勧めってあるかい?」
赤毛の少女の粗暴な言葉に、呆気に取られるウェイトレス。
「ウ、ウチのお勧めは、ジャガイモとソーセージのポトフ、牛肉の赤ワイン煮込みのシチュー、それからライ麦パンになります」
「んじゃそれ、全部持って来てくれ。6人前ずつ」
「赤毛の英雄よ。お主、自分が少女だと言うコトを、忘れてはおらぬかえ?」
「そうなんだよ。ぜんぜん慣れなくてさ。トイレの時なんか、毎回焦るぜ」
「も、もう、シャロったらァ!」
しばらくすると、3人のテーブルの前に、大量の料理が並べられた。
「アンタ、これちゃんと食べ切れるの?」
「男だった頃なら余裕だが、今はどうかな?」
「考え無しに注文するんだから、食べられなくても知らないわよ!」
「まあいいじゃねえか。この街には、野菜も食い物も余る程あるんだしよ」
すると食堂のざわめきの中に、愚痴のような声が混じる。
「まったく子供が、食べ物を粗末にしおって……」
「この街だって、喰うに困った時代があったんだ」
「なに言ってんだ、おっちゃんたち」
赤毛の英雄は、その言葉を聞き逃さなかった。
「キャス・ギアは、ヤホーネス有数の農業の街じゃんか。喰うに困るなんて、あるワケ無いだろ」
少女の蒼い目に映る、2人の中年男性。
「女の子だってのに、やたらと口が悪いな」
「お前たちは冒険者だから知らんだろうが、この街は数年前に飢饉に襲われたんだ」
「マジで。ウソ臭くない?」
「ウソなどでは無い。子供に言っても解らんとは思うが、蝗害(こうがい)と言ってな」
「バッタが大量発生して、この街のあらゆる食べ物が喰い尽くされたんだ」
「バッタって、あの小さな虫だろ?」
「そんな虫が……と言いたいんだろうが、数が半端じゃ無かったんだ」
「空一面を覆う大量のバッタが、黒いカーテンのようになって、田畑の農作物を食い荒らしたのさ」
「ゴ、ゴメンなさい。このコったら、まだ子供で……」
「イヤイヤ、お姉さん。いきなり悪かったねえ」
「あの惨劇を経験したオレたちですら、今となっては夢かと思ったりもするんだ」
「そんなに、酷い状況だったんですか?」
「ああ、大勢の人間が亡くなってね」
「この街ではまだ、食料の備蓄が豊富にあったんだが、それでも……」
「この街では……もっと悲惨な場所が、あったと言うコトかえ?」
「あ、ああ。渓谷の村じゃ、半分近い村人が死んだって聞いたぜ」
「そう言えば、あそこの村の村長も……」
「オ、オイ。その話は………」
「ああ、悪い」
「渓谷の村の村長に、何かあったんですか?」
「イ、イヤ、何でもないよ。お姉さん」
「それより、オレたちのお節介だったみたいだな」
そそくさと店を出る、2人の中年男性。
「ふえ?」
カーデリアが振り返ると、テーブルに乗った6人前の食べ物は、赤毛の少女と漆黒の髪の少女の胃袋に収まっていた。
「ア、アンタたち……あれを2人で食べちゃったの?」
「成長期だかんな」
「フム、中々に美味じゃったわ」
「アタシまだ、殆ど食べて無いのにィ」
カーデリアは、空腹のまま食堂を出た。
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