スカウトノート
「それはそうと倉崎。プロであるお前が、こんなところで何をしている」
葛埜季さんが、仁王立ちのまま倉崎さんを睨みつけている。
「決勝の対戦相手の情報を調べようと、チーム名で検索かけたら、なぜかお前の情報がヒットした」
「しかも代表取締役だと。どう言うこっちゃ?」
宝木さんは、雪峰さんが持ってるようなタブレットを倉崎さんに見せつけ、勇樹さんはなんだかヤンキー座りに戻っている。
「なにと言われても、そこに書いてある通りだ。オレは、デッドエンド・ボーイズの代表取締役であり、今はチームを作っている真っ最中だ」
「ハアァッ、オレら高校生やぞ!?」
「プロとして着実に実績を残しているお前が、どうしてそんな茶番をする」
「まずはプロとしてのキャリアを、固める時であろう」
そう言えば倉崎さんって、どうしてチームを創ろうと思ったんだろ?
何となく自然にコトが進んじゃって、疑問に思わなかったな。
「それ、オレさまも聞きたいぜ」
「オレも一度、伺いたいと思っていました、倉崎さん」
「部隊創設の経緯、是非とも聞いてみたいであります」
どうやらみんなも、ボクと同じ気持ちなんだ。
「そうだな。いずれ話そうとは、思っていたコトだ……」
けれども倉崎さんは、しばらくの間沈黙する。
なんだろう。
話し辛いコトなのかな?
「実はオレには、夜湖舞と言う弟がいた」
サングラスを外し、目を閉じる倉崎さん。
「へー、倉崎さんって、弟がいるんだ」
「違うぞ、黒浪。倉崎さんは、『弟がいた』と言ったんだ」
「何だよ、同じコトじゃ……あ!」
黒浪さんも、気付いたみたいだ。
「察しが良いな、雪峰。そう……弟は既にこの世にはいない」
体育館の大きな窓に、雨粒が当たる。
雨は直ぐに土砂降りとなって、ガラスの向こう側に打ち付けた。
「ヤコブは、生まれつき病弱でな。スポーツのできる身体では無かったが、オレがサッカーの試合をするって言うと、よく応援に駆けつけてくれたものさ」
「プロサッカー選手であり、高校生でもあるお前が、チームを作っている理由がそれか?」
「そうだ、葛埜季」
仁王立ちの男に、苦笑いをする倉崎さん。
「弟はサッカーができない代わりに、サッカーゲームが好きでな。特に監督となってチーム創りをするタイプが、何よりのお気に入りだった」
それで倉崎さんは、ボクたちを集めてチーム創りを……。
「つまりオレさまたちは、ゲームのリアル版かよ。なんだかヘンな感じだぜ」
「確かにな。だが弟さんの遺志が、オレたちをここに集わせたのか」
「身勝手な理由であるコトは、理解している。だが……」
「ま、理由はどうあれ、オレさまは倉崎さんのチーム、気に入ってるぜ」
「じ、自分は猛烈に、感動しているでありますゥ!」
「オイオイ、そこまで泣くコト無いだろ、杜都ォ!」
「実はな、一馬……」
うわ、急にボクに振られたァ。
「お前に預けたスカウトノート、アレの殆どはヤコブが創ったモノなんだ」
え……?
ボクは慌てて、カバンからノートを取り出す。
「アイツは、自分がプレイヤーになれない現実を受け入れ、サッカーチームを作るスカウトやマネージメントの勉強を始めていた。そのノートも、アイツが必死に動画や資料を見まくって、作り上げたモノさ」
そんな大事なノートだったんだ。
倉崎さんはそれを、ボクにずっと預けてくれていた。
「そう言えば一馬、ずっと持ってたよな」
「あまり気に留めずにいたが、そんなに大切なモノだったとはな」
雪峰さん、それボクが一番驚いてるんですケド。
雑には扱ってないケド、みんなとの勝負の間はベンチとかそこら辺に置きっぱだったし。
あらかじめ言って置いてよ、倉崎さん。
「オレや弟の我がままを、押し付けてしまってすまない。だが今、これだけは言える」
みんなの注目が、倉崎さんへと集まる。
「デッドエンド・ボーイズは、オレとヤコブが目指す理想のチームだ」
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