黒いカーテン
「誰も居ないわ、兄さん。まさか、オオカミに食べられたんじゃ!?」
「可能性は無くは無いが、あれだけ数を減らしてやった群れが、また戻って来てキノやケイダンたちを襲ったと考えるのも、どうかな」
「そ、そうね。わたし達みたいに、近くで水浴びとかしてるのかも知れないわ」
「オアシスは、あの一カ所だけだろうが……仕方ない。探してみるか」
サタナトスとアズリーサは、ビバークした辺りを探してみたものの、少年たちの足取りは見つからなかった。
「一旦、オアシスに戻ろう。ここは昼間に居ると、とんでもない暑さになりそうだ」
「そ、そうね」
髪の色の異なる双子の兄妹は、礫でできた砂漠の荒野を後にする。
「兄さん、砂丘の向こうの空が、なんだか黒いわ。嵐かしら?」
「砂嵐かも知れない。ボクたちの村にも稀にやって来るケド、眼も開けてられないくらいだからなあ」
「黒いレースのカーテンがかかってるみたい。あれ、村の方角じゃない?」
「ザマぁ無いね。神の生贄にするって口実で、ボクたちを口減らしで始末しようとした天罰だよ」
サタナトスたちが、砂嵐だと思った黒いカーテン。
それは実は、全く別の現象だった。
「やっぱお水、気持ちいい」
「アズリーサも泳ごうよ」
オアシスに戻った蒼い髪の少女に、幼く生まれ変わった少女たちがジャレ付く。
「わたし、お魚獲ったんだよ」
「わたしも、わたしもォ」
「んじゃ、さっそく食べよう」
「生で食べちゃダメよ。ちゃんと火を通さないと、お腹壊しちゃうんだから」
アズリーサは、少女たちが捕まえて来る魚を取り上げ、せっせと串に刺し焚火で焼いた。
「この子たち、泳ぐものお魚を獲るのも、とても上手いわ」
「リザードマンと融合したからだろうね。魚を獲る鳥で漁をする地域があるって聞いたけど、お前はいい漁師になれるよ」
「このコたちは、鳥じゃありません」
「そうだ、そうだ~」
「ま、お陰で食糧問題は、何とかなったかな」
「兄さん、これからどうする。村には戻れないかしら……」
「飢饉の村にかい。口減らしどころか、逆に増えてしまっているんだ。帰ったらどうなるか」
「そう……そうよね」
「しばらくは、ここで暮らそう。幸いオアシスには、水も魚も木の実もある」
「でも、怖い敵が来たりしないかしら?」
「その時は、また頼むよ」
「無茶言わないで!」
「そう怒るなよ」
サタナトスはアズリーサの隣に座って、恋人のように抱いた。
「このオアシスを支配していたのは、リザードマンたちだろう。そいつらが居なくなったのだから、ここはボクたちの楽園だ」
「そう……ね、兄さん」
妹は甘えるように、兄の胸に寄りかかろうとする。
「よっと」「うわあッ!」
いきなり立ち上がった兄に、つんのめる妹。
「もう、兄さんどこ行くのよ!」
「ちょっと、用を足しにね。お前も来るかい?」
「い、行くワケ無いじゃない!」
サタナトスは、真っ赤な顔の妹を残して、近くの草むらに移動した。
振り返ると彼の妹も、幼くなった孤児たちを引き連れ、草むらに駆けて行く。
「ここは、女だらけの楽園だからな。男のボクが、気を遣うしかない……ン?」
サタナトスが、低木の脇の茂みをかき分けると、草の影に無数の足跡があった。
「なんだ、これは……小さな靴の足跡?」
足跡はどれも、砂漠の砂丘の方角に続いている。
「キノやケイダンたちのモノに、違いない。アイツら、アズリーサたちの水浴びを覗いて……」
足跡を辿って砂丘に登るが、少年たちの姿は見えず、足跡も風に消えた。
「オアシスで起きた惨劇も、アズリーサが起こした奇跡も、目撃したハズだ」
砂丘地帯の向こうには、サタナトスや孤児たちが育った村があった。
「村の空が……真っ黒だ」
風が、砂漠の砂を舞い上げる。
黒いカーテンは、濃度を増して村の空一面を覆っていた。
これは、サタナトスの記憶である。
村のシスターの日記には、孤児たちが行方知れずとなったとだけ、書かれていた。
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