お部屋探し
「プニプニ不動産……また変わった名前の、不動産屋だな」
看板にも、ポップな書体で『プニプニ不動産』と書いてある。
「昔はもっと、堅苦しい名前だったんスよ」
「天棲不動産……みたいな?」
「寅巳不動産っス。じいちゃんが寅年生まれで、死んだ祖母ちゃんがヘビ年生まれだったんス」
「それがどうして、プニプニ!?」
「寅巳不動産じゃ、時代の流れに合わないって、わたしが進言したんスよ」
「そ、それで、上手く行ったのか?」
「モチのロンっス」
天棲 照観屡は、玄関の自動ドアをくぐり抜け、ズカズカと店の中へと入って行く。
「ただいまっス、じいちゃん。アパートの立ち退きは、完了したっスよ」
店舗の中には、数人のスタッフがいて、その向こうの席には白髪頭の老人が座っていた。
「ご苦労だったね、テミル。おや、そちらのお方は、お客さんかい?」
「そぉっスよ。行く当てが無くて、困っているっス」
「オ、オイ、テミル。確かに困ってはいるが、客ってのは……」
「だって、どうせ不動産屋に行くコトになるっスよ。現時点で、宿無しなんスから」
「そう言われると……渡りに舟なのか?」
ボクはやっと、住処を追われた実感を得る。
「実はユミア氏に、先生の家を探してくれと頼まれていたんスよ」
「ユミアに?」
瀬堂 癒魅亜は、ボクとの約束を忘れてはいなかった。
「それに先生と同じアパートに住んでいた、わたしと同い年くらいの女の子たちも、ウチの物件に移ってもらったんスよ」
「きっと、卯月さんに、花月さん、由利さんのコトだな」
「お三方とは、お知り合いだったんスか。まあ、同じアパートなワケだし?」
「教育実習で行った学校で、受け持ったクラスのコたちだよ。偶然、同じアパートだったみたいだ」
「お客さん、ウチの孫の先生なのかね?」
「は、はい。ユークリッドで、教師として契約して貰っています」
ボクが答えると、老人は少しだけ値踏みをするようにボクを見る。
「お客さん確か、ウチのアパートに、長いコト住んでくださってたじゃろ」
「は、はあ。今年でかれこれ5年目でした」
「流石にここらで家賃3万は厳しいですが、この物件なんてどうじゃろうか」
「あ。ここ築15年っスけど、いい物件っスよ」
「家賃、5万7千円か、ウ~ン」
生徒を前に言えないが、ユミアから給料が振り込まれるかも気になっていた。
「テミル。お客さんを物件に案内しておやり。授業は午後からなんじゃろ?」
「そうっスね。じゃ、行って来るっス」
三つ編みお下げの少女は、元気に自動ドアを飛び出した。
「卯月さんたち、元気にしてたか?」
「元気だったっスよ。ウチは、プニプニ不動産に改名してから、女性のお客さんが増えたっス」
「そうなのか」
「お三方は今、女性でも安心のセキュリティばっちり賃貸マンションに住んでるっス」
「賃貸マンションか……随分と、思い切ったな」
「また三人で相部屋だし、場所も近郊だから家賃10万以下っスよ」
「考えてみれば妙齢の女の子たちが、家賃3万のボロアパートに住んでいたことの方が……あ」
「本音が出たっスね」
隣を歩く少女が、ジト目でボクを見る。
「わ、悪い」
「いいんスよ。ボロいのは事実っスから」
天棲 照観屡は、少しはにかんだ笑顔を見せた。
それからボクたちは、地下鉄で三駅分だけ天空教室に近づく。
改札を出て、地上へと続く階段を登ろうとすると、テミルが言った。
「せ、先生、先に登るっス。ヘンな風が吹いて来たら、大変っス」
「や、やだなあ。漫画みたいなコトが、そう何度もあるワケ無いじゃないか」
「つまり、あったってコトっスね。さっさと登るっス」
キアのライブに向かう途中で、漫画のような出来事を体験したボクは、指示通り先に階段を登る。
「キアのヤツ、またステージに立てるようになるだろうか……」
「どうっスかねえ」
背中から、微かな声が聞こえた。
「家庭が崩壊して行くのを目の当たりにするのって、辛いっスから」
三つ編みお下げの少女は、寂しそうに俯いた。
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