異教の神々
指令室のモニターに、宇宙で行われるサブスタンサー同士の戦闘の様子が映し出された。
姉のヒッポリュテーが駆るエポナス・アマゾーネアは、馬のように後ろ脚だけで立ち上がるポーズをし、クロノ・カイロスの艦橋に向け突進する。
一点突破の鋒矢の陣を組んだ、十二機のリューディア・アマゾー二アも、隊長機に続いた。
姉の突貫を阻止すべく、妹のペンテシレイアは艦橋の前に立ちはだかる。
スキュティア・アマゾーネアを中心に、周りを十二機のボリュステネ・アマゾー二アが取り囲むように円陣を敷き、姉を迎え撃った。
「平面で展開する地上の戦闘に比べりゃ、宇宙空間の戦闘は立体的だろ、艦長」
「そうだな、プリズナー。だけど、基本陣形はそんなに変わらない気はする」
ボクはモニター越しの、アマゾネス同士の戦闘を見つめた。
ギリシャ神話に登場する、戦を好むアマゾネス。
女だけの部族とされ、英雄たちとも戦闘を交え、その命を散らしたりもした。
「ヒッポリュテーは確か、ヘラクレスの試練の一つになった神話に登場していたよな」
「アレスの帯を手に入れろって試練だな、艦長」
真央が答えた。
「でも、どうしてアマゾネスが、アレスの帯を持っていたんだ。アレスって確か、ギリシャ十二神の一人に数えられる神だろ?」
「アマゾネスの父親は、アレス。姉妹であるヒュッポリテーと、ペンテシレイアの父親も……」
「そっか、アレスなんだな」
ヴァルナからそれを聞いて、ボクはふと思った。
「アレスって確か、ギリシャ神話での名前だよな。ローマ神話になると確か、マルス。もしくは……」
「マーズ、だね。おじいちゃん」
「マーズ……火星も、そう呼ばれてるな」
「そうなのですよ、宇宙斗艦長。彼女たちが全員、火星からの移民だと言った意味が、お解りいただけましたかな?」
「皮肉を交えての、呼び名だったのでしょうか?」
「彼女たちは、女系社会を現代に復活させました。人工子宮を使い、戦闘に適した女性のみを生み出し続けた結果が、今の彼女たちなのです」
デイフォボス代表が目を向けた先のモニターには、荒ぶる女戦士同士の激しくも残虐な戦闘の映像が流れていた。
「アレスって戦争の神なんですよね。その割りに、戦闘に強いイメージは無いような?」
「戦争の女神アテナに比べると、ただ残虐な戦争を好む神……だからでしょうか?」
ボクはセノンと、顔を見合わせる。
「それもありますがアレスは、元はギリシャの神では無いからなのですよ」
「アレスが、ギリシャの神じゃない?」
デイフォボス代表の言葉を、ボクは疑った。
「アレスは本来、トラキアの神でした。それが、ギリシャ神話に取り込まれたのです」
「でも、なんでトラキアの神であるアレスが……」
「ギリシャ神話の殆どの神が、他の部族の神話からの転用なのですよ」
「そ、そうなんですか?」
「リディア王国で信仰されたアルテミスやアポローン、フリュギアのキュベレー。どれも、ヘレニズムの神ではありません」
「元は異国や異教の神だったから、ギリシャ神話でアレスは評価を下げられた……と?」
「本来はペラスゴイ人に崇拝された女神で、ポセイドーンの配偶神であったのに、怪物に転化させられたメドゥーサよりは遥かにマシですがね」
「ディフォボス代表は、神話に詳しいのですね」
「ギリシャ側から見た、一方的な神話は好みでは無いだけですよ」
ボクは今一つ、黒き英雄の言葉が理解できなかった。
「ところで、何かお気付きになりませんかな、宇宙斗艦長?」
「な、何がでしょうか?」
「リディア王国、フリュギア、トラキアの国土の一部は皆、アナトリア半島に存在するのです」
「アナトリア半島……確かこの小惑星・パトロクロスも、地球のアナトリアの時刻に合わせているんでしたよね」
「ええ。アナトリアにはかつて、『トロイア』と呼ばれた国も、存在しました」
微笑を浮かべるイーピゲネイアの瞳は、紅く染まっていた。
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