ラノベブログDA王

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この世界から先生は要らなくなりました。   第04章・第17話

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天棲 照観屡(あます てみる)

「キミにとって倉崎 世叛とは、どんな兄さんだったのかな?」
 ボクは少しだけ、彼女の気持ちを知りたくなった。

「やはり天才的で、頼りがいのある……」

「うっさい!」
 タクシーの後部座席で、栗色の髪の少女が大声を張り上げる。

 小さな閉鎖空間に、沈黙が訪れた。
街路灯のオレンジ色の光が後ろへと流れ、それが可愛らしい顔に落ちても、瀬堂 癒魅亜はただ前だけを真っすぐに見つめている。

 倉崎 世叛の話題に触れた途端、彼女は心を固く閉ざしてしまったのだ。

 沈黙に耐えかねたボクは、運転手に指示を出して、タクシーをマンションの地下駐車場へと誘導する。
その間も瀬堂 癒魅亜は、一言も言葉を発しなかった。

「悪かったな。せっかく来てくれたのに、不躾(ぶしつけ)な発言をしてしまって」
「お兄様のコトは、あまり触れられたくないのよ……」
 ドアがゆっくりと閉まり、バタンと音を立てる。

「じゃあな、ユミア。今日は来てくれて、ありがとう」
 けれども彼女は、小さく頷いただけだった。

 栗毛の少女を降ろしたタクシーは、地上に続くコンクリートのスロープを登る。
マンション前にはまだ、少しだけマスコミ関係者が詰めていた。

「お客さん、ユークリッドの関係者だったんですかい」
「はい。詳しくは話せませんが、教師……でしょうか」

 左の開いたソファーを見ながら、ボクは問い返す。
星空の月は既に役目を終え、ビルの谷間へと帰ろうとしていた。

「今どき教師なの。へェ、こりゃあ珍しい」
 中年の運転手は、男だけになったせいか饒舌に話しかけてくる。

「今じゃ教師なんて呼べるのは、ユークリッドくらいにしかいませんモンね」
「ハ、ハア……」
 どうやら彼は、天空教室の動画を見ていないか、興味が無いらしい。

 ……かく言うボクも、自分が映った動画を見られていないのだが。

「お客さん、次はどこ行きます」
「えっと、そこの大通りを真っすぐ……ああッ!?」
 ボクはここで、大変な事実に気付いた。

「ど、どうしたんスか。急に大きな声を出して」
「スミマセン、運転手さん。な、何でもないです」
 何でもないワケがない。

「今日が……立ち退き期限だった」
 タクシーを降りてアパートの自室の前に立つと、ドアに何枚もの貼り紙がしてあった。
さっさと立ち退けってコトだろう。 

「でも、まだ中には入れそうだな」
 ドアポストに入っていた、催促状やらポスティングチラシやらを引っこ抜きながら、部屋に入る。

「眠い。今日は疲れた……と言うか、もう日付が変わって朝なのか」
 布団を出して突っ伏すと、外からチュンチュンとスズメの鳴き声が聞こえた。

「キアの手術が無事に終わったのは、良かったが……」
 瞼が重い。

「ユミアには……悪いコトを……」
 疲れがピークに達していたボクは、直ぐに寝てしまった。

 それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
微睡(まどろ)む意識の底に、ドンドンと低い音が鳴り響く。

「……なんだ、誰か……呼んでいる?」
 時間を確認しようと、目覚まし時計に手を伸ばすが見つからない。
寝る前に、掛けた記憶も無かった。

「ヤバッ、もう十時半か」
 飛び起きてスマホを確認すると、デジタルの数字が切羽詰まった時刻を示している。

「今からじゃ、飯を喰ってる時間も無い。駅でなにか買うか」
 歯を磨き、顔だけ洗ってアパートを出る。

「きゃああッ!」
 ドアを開け飛び出した瞬間、誰かとぶつかってしまった。

「アイタタタァ……」
「す、すみません。大丈夫でしたか」
 尻もちを付き、鼻を押さえて倒れている女の子。

「……って、アレ?」
 彼女は琥珀色の髪を三つ編みお下げにして、前に垂らしている。

「あ~、大丈夫じゃないっスよォ、まったくもう」
 彼女は天空教室の生徒、天棲 照観屡(あます てみる)だった。

 

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