現実の英雄の姿
「あの小娘が、死んだか」
「死霊の王たる我らにとっては、どうでもいいコトだがな」
王都の決戦より戻っていた、ネリーニャ・ネグロース・マドゥルーキスと、ルビーニャ・ネグロース・マドゥルーキスが言った。
「人間などは互いに戦争をし、我ら魔族が手を下さなくとも毎日大勢が死んでいる」
「死など、別に珍しくも無いコトだ」
二人のオレンジ色の瞳には、崩れた教会の聖堂にうずくまる少年の背中が映っている。
「親しき者が死んだのじゃ。人間は、それを悲み悼むようじゃの」
少年の傍らに立った、漆黒の髪の少女が答えた。
「人間の悲しみの感情など、ご都合主義も甚だしい」
「朝、動物をペットとして可愛がったかと思えば、昼には動物の肉を喰らっている」
「……では聞くが、お主らの目から零れ落ちるのは、何じゃ?」
「なに?」
「一体、何のコトを言って!?」
ルーシェリアに指摘され、自らの目に手をやった双子姉妹は、指先が濡れているのに気付く。
「な、なんなのだ、これは……」
「それは、涙じゃよ」
「バ、バカな。我らがどうして!?」
「パレアナの死が、悲しいからに決まっておろう」
「わ、我らが、たかが人間の小娘の死を、悲しんでいるだと」
「そんなコトが、あるワケが……」
けれども二人の涙は、止まらなかった。
「可笑しなモノよ。それは妾とて同じじゃ」
ルーシェリアのルビー色の瞳からも、大粒の涙が零れていた。
「舞人よ。オメーは、英雄に憧れてたんだろ」
小柄な赤毛の少女が、蒼い髪の少年に語りかける。
「だったら、立ち止まっている時間はねえ。まだ、サタナトスは生きてやがるからな」
「そんなの……もう、どうだっていいですよ」
「なに?」
「だって、パレアナが死んじゃって、英雄になって何の意味が……」
「意味か。意味なんてねーよ」
かつて、赤毛の英雄と謳われた少女が言った。
「英雄なんて呼ばれたところで、全ての命を救えるワケじゃねえ。ケドな……」
赤毛の少女は、少年の蒼い髪の毛を掴み上げる。
「英雄ってヤツが、護れた命だってたくさんあるんだ」
「そりゃあシャロリュークさんに救われた命は、山の様にありますよね。でも、ボクには……」
少年は、赤毛の少女の小さな手を振りほどく。
「ボクが救った命なんて、何も無いんだ。ボクはただ、英雄になったと勘違いして浮かれていた、ただの間抜け(ステューピット)なんですよ!」
「いい加減にせよ!」
少年の頬を、小さな手が叩いた。
「ル……シェリア?」
「情けない姿を晒しおって。それでも、英雄か!?」
「だ、だからボクは、英雄なんかじゃ……」
「お主は、英雄なのじゃ。既に、この国も救ておる」
「救ってなんかいない。ボクはただ……」
「目の前の敵に向かって、必死に戦った。それが現実の、英雄の姿さ」
赤毛の少女は、静かに目を閉じる。
「おとぎ話のように、カッコいいワケじゃねえ。だが英雄ってのはよ、舞人。おとぎ話みてーな夢を、人々に抱かせるもんだぜ」
「シャロリューク……さん」
「情けない顔をするでないぞ、ご主人サマよ」
ルーシェリアは、涙まみれの舞人の顔を抱き寄せる。
「少なくとも、パレアナにとってご主人さまは、英雄だったのじゃ」
「ボクが……パレアナの?」
すると舞人の足元に、幼い少年少女が集まって来た。
「舞人兄ちゃん。パレアナ姉ちゃんの仇、絶対とってよ」
「た、頼んだからね」
「兄ちゃんは、みんなの英雄なんだから!」
「お前の弟や妹たちだろ。プリムラーナ将軍が、軍を展開する前に保護しておいてくれたのさ」
「そ、そうだったんですか……」
「観念せい、ご主人サマよ。子供たちも言っておろう」
「オメーが、英雄だってな」
二人の少女に諭され、舞人は幼い弟や妹たちを見る。
「ボクが、英雄……」
キラキラと輝くつぶらな瞳には、青き髪の英雄の姿が映っていた。
「フッ、どうやら覚悟は、決まったようだな……」
その様子を、物陰から見守っていた白紫色の髪の剣士は、踵を返し教会を後にした。
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