紫芭 師直(しば もろなお)
「わ、わたし、カーくんの彼女じゃにゃいですゥ!?」
おもいっきり噛んだ奈央は、顔を真っ赤に染めている。
「あだ名で呼び合うとは、かなり親しい間柄に見受けるが」
「ひょっとして、幼馴染みってヤツなのか!?」
杜都さんと黒浪さんの質問に、とりあえず頷いた。
「そっかそっかぁ。御剣くんの彼女か」
「御剣くん、カワイイしカッコいいもんね」
紅華さんの応援に来た女子高生たちが、奈央の肩を抱き体育館の端へと向かう。
「だ、だからそんなじゃ……」
中央には二面のコートが用意され、参加者たちがウォーミングアップをする度に、キュッキュと床を鳴らしていた。
「アイツ、見た目はともかく、中身はぜんぜん子供で……」
奈央のヤツ、何を話してるんだろ?
「甘い、甘いよ、奈央ちゃん!」
「男の子の成長は、早いんだよ」
「ウカウカしてると、誰かに取られちゃうから」
「なんかアイツら、女子会始めちまったな。なに話してんだろ?」
「それが解らん様じゃ、彼女は一生ムリだな、クロ」
呆れ顔の紅華さんに、黒浪さんが牙を剥く。
「クッソー。七人も女がいるからって、いい気になりやがって」
「じ、自分も世界には男しか存在しないモノと、思い込ませて来たが……」
「そっかぁ。お前とは、親友になれそうだぜ、杜都!」
「ウム。良きバディとして信頼しよう、黒浪隊員」
「ヤレヤレ、哀れなバディだな」
「お前ら、コミュニケーションはそれくらいにして、周りに目を配れ」
「そいつが右利きなのか、左利きなのか、ウォーミングアップの仕方で、読み取れる情報もある」
倉崎さんと雪峰さんが、みんなに釘を刺した。
「フットサル大会に参加するんなら、ドリブルに自信のある連中ばかりでしょうがね」
「そんなヤツは、オレさまがぶっちぎってやるぜ、倉崎さん!」
「フッ、お前らドリブラーは、それくらいで丁度いいか」
「で、ですが自分はボランチ。情報戦の重要性は、心得ているつもりであります」
確かに杜都さんの、言う通りだ。
ボ、ボクも試合に出るんだし、相手のチェックをしとかないと。
「今回の大会に、年齢制限はない。中学生からご高齢の方々まで参加してる」
「そうみてーだな、雪峰。できれば、歯ごたえのあるヤツらとやりたいぜ」
体育館で、ストレッチやボールタッチを繰り返す様々な年代の選手たち。
その中でも、何人かはかなりのテクニックがありそうだった。
「ウチを含め、参加するのは16チーム。同好会も多いが、中には高校サッカーで名を馳せるであろう選手も混じっている。実はスカウトを、検討しいている選手もいてな」
倉崎さんの視線の先には、背の高い男性がいて、女子高生たちに囲まれている。
髪は少しだけ紅く染まていて、色白の整った顔立ちだ。
「オレの他にも、女をはべらせてるヤツがいるな」
「キャーキャー言ってんの、お前が連れて来た女子高生じゃね?」
「なんだとォ!?」
八人の女子高生たちは、端正なマスクの男性の前に集まって何やら騒いでいる。
「あのバカ女ども、カッコいい男を見ると直ぐにこれだ」
奈央も、その中に混じってるのって、なんかイヤだな。
……ん、なにがイヤなんだ?
「ギャハハ、取り巻きの女、取られてやんの」
満面の笑みを浮かべる、黒浪さん。
「倉崎さん。オレちょっと、挨拶してきますよ」
「まあいいが、試合前だ。程々にな」
「へーい」
ボールを転がし、美形選手に駆け寄る紅華さん。
「なあ。オレさまたちも、行ってみようぜ」
「ウ、ウム、そうだな」
「一馬も来いよ」
ボクたちは、紅華さんの会話が聞き取れるくらいの距離まで近づいた。
「オイ、オメーら。なにキャーキャー騒いでんだ」
「あ、トミン。見てよ、彼の手品占い」
「メッチャ当たるし、とってもスゴイんだから」
「手品占いだぁ。試合前に、ずいぶん余裕ぶっこいてんじゃねえか」
うわあ。紅華さん、メチャクチャ不機嫌そう。
「やあ。血相を変えて、どうしたんだい。紅華 遠光くん」
「ほう、オレの名前はコイツ等から聞いたのか?」
「イヤ、キミのドリブルは、中学時代から有名だったからね。知っていたよ」
「テメー、名前は?」
「紫芭 師直(しば もろなお)」
女子高生に囲まれた彼は、カードを両手の中でシャッフルしながら答えた。
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