朧げな宇宙(そら)
「覚えているかしら、わたしが言った言葉……」
虚ろな目をした、セノンが言った。
「キ、キミは誰だ……セノンじゃないのか!?」
トロイア・クラッシック社のリビングに差し込む夕日が、彼女の瞳を紅く染めているのか?
「ええ。このコ、世音(せのん)・エレノーリア・エストゥードって名前みたいね」
栗色のツインテールに垂れた瞳、あどけない顔、全部セノンのモノだ。
「どうかしら、宇宙斗。千年後の未来の姿は?」
けれどもその紅く染まった虹彩は、千年前に見せた時澤 黒乃の瞳そのモノだった。
「キミは……黒乃なのか!?」
「どうかしら。そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわ」
謎かけするような返答は、黒乃の性格に他ならいない。
「キミは……キミの身体は、火星のフォボスで……」
「そうね。わたしは未来へは、来られなかった」
ボクを未来へと導いた彼女の身体は、割れてしまった冷凍カプセルの中で朽ち果て、巨大な岩によって押し潰されてしまった。
「だけどアナタを、未来に導くコトはできたわ。わたしは、それで満足よ」
柔和に微笑む、栗毛の少女。
「キミの居ない未来になんて、なんの価値がある!?」
ボクは思わず立ち上がって、セノンの身体に迫った。
「わたしは、居るわ。この千年後の未来のあちこちに……」
「え、それって?」
彼女の言葉を、ボクは未来の色々な場所で実感していた。
「キミは……キミが『時の魔女』なのか?」
「『彼女』は、わたしであって、わたしじゃない」
「あの艦は……クロノ・カイロスは、キミが造ったものじゃないのか?」
「艦が必要だったのよ。アナタをフォボスへと、脱出させる為にね」
脱出……どうしてそんなコトをする必要が?
「最初は、小さな宇宙船だった。それが核になっているのは事実よ」
「ウィッチレイダーたちは、本当にボクの子なのか?」
「未来に来て、いきなり身に覚えのない子が六十人も現れて、驚いたでしょう」
「そりゃあ驚くさ」
「残念だけど、あのコたちを生んだのは、時の魔女よ」
「そ、それじゃあ!?」
「でも遺伝学的には、わたしと宇宙斗の子になるのかしら」
セノンは、母親のように目を細める。
「自分のお腹を痛めて生んだ子たちじゃ無いケド、大事にしてあげてね」
クワトロテールの少女は、ボクの前に歩み寄る。
「え……?」
セノンは目を閉じ、顔を近づけた。
柔らかい唇が、ボクの唇に触れる。
「わたしはいつも、アナタの傍にいる……それだけは……」
とつぜん、意識が朦朧とする。
目の前が真っ暗になり、上も下も解らない宇宙空間を漂う感覚に陥った。
やがてそれさえもが、深淵の闇へと飲み込まれる。
意識を無くしてから、どれだけ時間が経っただろうか。
けれども眠っている人間にとって、 時間なんて概念は僅か十分でも、例え千年の眠りに付いていようが変わりはしない。
それだけは、身を持って体験した事実だ。
「……いちゃ……起きて……」
誰かが、ボクの体を揺らしている。
「大丈夫で……おじいちゃ……」
途切れ途切れの台詞が、ボクの鼓膜を通り抜けた。
「うう、セノン……なのか?」
ボンヤリと滲んだ視界に映った、影に向かって問いかける。
「はい、そうですよ」
眼の焦点(ピント)が合ってくると、栗色のクワトロテールの少女が真上にいた。
「もう、いきなり倒れちゃって、心配したんですからね」
「ゴ、ゴメン。疲れてた……のかな?」
「きっとそうですよ。フォボスでプラント事故に巻き込まれてから、色々ありましたからね」
セノンは、 いつもの幼さの残る笑顔でほほ笑んだ。
「ああ、そうだった」
千年後の未来に辿り着いてから、あり得ないくらいに色んな出来事が起きた。
「まるで、全てが現実じゃないみたいに……」
この時のボクは、まだ夢から覚めていなかったのかもしれない。
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