小さな想い
わたしの名前は、板額(はんがく) 奈央。
今日は幼馴染みの、カーくんこと御剣 一馬との、ある日のお話をしようかなって思います。
「カーくん、今日も遅くなるのかな。最近、ずっとどこか出かけてるよね」
いつものようにカーくん家のソファーで、ごろ寝をしながらドラマを見ていたわたし。
「昔は小さくて細くて泣き虫で、わたしがイジメっ子から守ってあげたのにさ」
それは、幼稚園時代の話だった。
「いつの間にやら背も抜かされて、ずいぶんカッコよくなっちゃって……」
そう言えば今日も、クラスの友達が噂してたなあ。
「御剣くんってさ。カッコいいしクールだし、芸能人みたいよね」
「そうそう。いつも無表情で、物思いにふけってるの」
「知的で、近寄りがたい雰囲気だよね、奈央」
「ふえ。え、ええ……そうね」
「でも奈央って確か、御剣くんと幼馴染みなんでしょ?」
「ウソォ、マジで!?」
「他のクラスのコが、一緒に堤防歩いてるの見たって言ってた」
「どうして言ってくれないかなあ。わたし達、トモダチでしょ?」
「バカね、アンタ。そんなの、決まってるでしょうが」
「あ、そうか。奈央もやっぱ、御剣くんのコト狙ってんだ!」
「ち、違う違う。カーくんって見た目はああだケド、中身はまだ子供なんだから」
「スゲー。カーくんだって」
「やっぱ幼馴染みは、違うわ」
「だ、だから、そんなんじゃないってェ!」
全力で否定したのに……まあいっか。
液晶テレビには、有名女優の顔が映し出されてた。
「このドラマ、こんなに詰まらなかったかな。再放送で内容知ってるから?」
そう言えば最近、カーくんのコトを考えるコトが多くなった気がする。
「ふわ~あ。今日はおば様もまだ帰ってないし、これじゃ家に居るのと変わらん」
もう何週間もロクに、口を聞いて無いんじゃないかな。
「カーくん……」
その時、玄関ドアが開いた音がした。
「な、奈央。居るの。聞いてよ、奈央ォ!?」
ルビングのドアも開き、長身の見慣れたイケメンが、ソファの上に倒れ込んで来た。
「ふにゃあああッ、ど、どど、どうしたの、カ、カーくん!?」
昔のように、わたしの胸に顔を埋め泣きつく幼馴染み。
「それが、倉崎さんってば酷いんだよ」
「く、倉崎さん!?」
端正な顔(マスク)が、わたしの真上にあった。
「ボクにスカウトばかりさせて、チームで使う気なんか無いんだ」
「い、一体、何の話をしてんの……」
さらさらとした前髪が、わたしの頬を撫でる。
「ゴ、ゴメン。実はボク、奈央の言うコトを聞かずに、倉崎さんに会ってたんだ」
「倉崎さん……って、前に堤防で会った、ジャージの怪しい人ね」
「倉崎さん、プロのサッカー選手なんだケド、自分のチームを創ろうとしててさ」
それから、イケメンになってしまった幼馴染みは、わたしにそれまでの経緯を話してくれた。
わたしは何故かホッとしたし、とてもうれしかった。
「そうねェ。カーくんの話だと、どうやら本気でチーム創りをしてるみたいね」
「う、うん。ボクも一応は契約してもらって、お金も貰えるみたいなんだ」
「でもスカウトの仕事ばかり、させられてる……と?」
「そ、そうなんだ……」
「だったら実力を上げて、倉崎って人を見返すしか無いんじゃない?」
「う、うん。そう……だよね」
「それに考えようによっては、スカウトも悪くない気もするわ」
「なんで?」
「だってカーくんってば、極度の人見知りでしょ。克服するいい機会じゃない」
「ボクにはハードル高いんだ。なんとか三人、スカウトできたケドさ」
「ウソォ。自分の高校のサッカー部にすら入れなかったカーくんが、どうやって?」
「ハハ。まあ、色々と……」
幼馴染みは背丈だけじゃなく、中身も大きく成長しようとしていた。
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