躊躇(ためら)いの英雄
「ほう、コイツは驚きだ」
口元を歪ませるサタナトス。
「ボクの剣、プート・サタナトスの魔力に抗い、青い髪の少年が持つもう一本の魔剣の力にまであらがって、本来の姿を取り戻すとはねえ」
炎の剣を携えて、舞人の育った教会に姿を現わした、赤毛の英雄。
その背後に、魔王マルショ・シアーズ・フェリヌルスが立ちはだかった。
「う、後ろに魔王が!?」
「あ、危ない!?」
アーメリアとジャーンティが、砂漠で行動を共にした英雄の身を案じる。
「サタナトス。テメーだけは、ぜってー許さねェ!」
赤毛の英雄は、イティ・ゴーダ砂漠で、力と恐怖の魔王・モラクス・ヒムノス・ゲヘナスと戦たときのマントを翻し、炎の剣を振りかざした。
『ギャアアアアアアァァァァーーーーーーーーーーーーーーー!!?』
絶叫に似た雄叫びと共に、巨大な炎の中で崩れ落ちるオオカミの魔王。
「こ、これが……覇王パーティー最強の、赤毛の英雄の力なのか!?」
噂に聞く英雄の力を目の当たりにして、プリムラーナすらも驚愕する。
「これで、テメーを守る盾は消え失せたぜ」
サタナトスに、白い炎を纏った剣の、切っ先を向ける。
「無駄だよ。ボクの手にはもう一本、バクウ・ブラナティスがあるからね」
「その剣についちゃぁ、テメーよりも知ってんだよ」
エクスマ・ベルゼの巻き起こした爆炎が、空間が閉じるのを許さない。
「ラディオのおっさんの、愛刀だったからなあぁぁ!」
「な、なんだってェ!?」
意表を突かれたサタナトスに、紅蓮の刃が迫る。
「やったか!?」
「空間が閉じる前に、サタナトスを捉えた!」
プリムラーナの両脇をかためる、アーメリアとジャーンティ。
「……そんな、ど、どうして」
「エクスマ・ベルゼが……止まったです!?」
ジャーニアとルールイズが、異変に気付いた。
「ククク、どうして刃を止めたんだい、シャロリューク」
サタナトスの前で、光に包まれた少女が盾となっている。
「パ、パレアナ!?」
皇女の潤んだ瞳に映ったのは、紛れも無く命の恩人の少女だった。
「テ、テメェ!!?」
怒りに表情を歪ませる、シャロリューク・シュタインベルグ。
「この女は、もうじき消滅して死ぬ運命にあるんだ」
自らの魔剣で、エクスマ・ベルゼの炎を振り払うサタナトス。
「それくらいのコトは、解かっていただろうに……甘い男だよ、キミは」
そう吐き捨てると、サタナトスのいた空間は完全に閉ざされた。
「チキショウ、逃げられたか……」
ヴォルガ・ネルガを構えたままの、クーレマンス。
「それともまだ、その辺に潜んでやがるのか!?」
「ヤツは魔王を戦わせて、その隙を付く戦法を用いている」
「つまりはよ。魔王が倒されちまった今、ヤツは逃げちまったと見るのが正解かい?」
「確証は持てぬがな……」
クーレマンスの前から、呆然自失の少女の前へと赴く女将軍。
「わ、わたしのせいで……パレアナが……パレアナがぁぁ!!」
皇女レーマリアは、プリムラーナの胸で幼子のように泣いた。
「だ、だがよ。テメーが元の力を取り戻せただけでもまあ……良しと?」
「うッ……ぐうう!!」
「どうした、シャロリューク!?」
苦しみ悶える赤毛の英雄の身体は、真っ赤な放電現象に包まれる。
「こ、これは……一体!?」
放電が収まったとき、ボロボロの教会に割れたステンドグラスから光が差す。
床に残されていたのは、赤毛の英雄では無く赤毛の少女の姿だった。
それから間もなく、皇女レーマリアに王都陥落の知らせが届く。
「我らヒルデブラント、シンディーニャ、ケイトファルスの三名、王の最期の言葉を伝えるべく、王都を堕ち伸びてまいりました」
皇女はそれを、女将軍の胸に抱かれながら、上の空で聞いていた。
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