未来の姿
千年後の人類は、重力を強くする技術を手に入れた。
それはつまり、直径120キロの天体であっても、2400メートルの宇宙艦であっても、人類にとって最適な1Gの重力を得られるのだ。
小惑星パトロクロスの中は丸くくり抜かれ、その内面に張り付くように巨大な街が存在している。
当然ながら側面や真上にも街は存在し、巨大な球体の中心には光り輝く小さな球体があった。
「アレが、太陽の替わりなんだな」
「はい。太陽のように街を照らす役割の他に、発電しエネルギーを生み出す役割も持っています」
ペンテシレイアが、丁寧に説明をしてくれる。
「パトロクロスと二重小惑星を形成するメノイティオスにも、やや小規模ながら同様の街が存在します」
ポレムーサが情報を補足した。
「二つの惑星は現在、軌道エレベーターで結ばれており、互いに行き来が可能となっております」
エヴァンドレも、新たな情報を提示する。
「トロイア・クラッシック社の本社ビルは、上部は人工太陽に直結し、下部は軌道エレベーターにてメノイティオスに接続されております」
デリノエが、本社ビルの解説をする。
彼女たちは、ペンテシレイアの部下である。
トロイア・クラッシック社から、我がMVSクロノ・カイロスに、出向しているのだ。
「未来のテクノロジーが生み出した、街……か」
千年も昔に生まれたボクにとって、それは興奮を覚えずには居られない光景だった。
「凄いな。フォボスの、岩だらけの採掘プラントは言うに及ばず、艦の中の街も、あえて二十一世紀風に創ってあるせいか、あまり未来に来た感覚は無かった。でも……」
高速エレベーターに乗ったボクの眼前に、SF映画のような光景が広がる。
「この街は、思い描いていた光景そのものだ」
「だが、あまりはしゃぎ過ぎんなよ、艦長。交渉が先だ」
「わ、解かっているさ、プリズナー」
急に現実に引き戻され、ボクは少し気分を害す。
「ここが、36階のロビーになります。代表も、直ぐにお見えになります」
「そうなのか。つい、社長室で会うと思ってたケド……」
「済まないな、宇宙斗艦長。わたしは、厳密には社長ではないのでな」
ロビーには、一人の男が立っていた。
黒いクセ毛に茶色い肌の長身の男は、こちらへと歩み寄って来る。
「既にいらしていたのですね、デイフォブス代表」
「ご苦労だった……と言うのは、可笑しなモノか」
「ええ、わたくしたちは既に、MVSクロノ・カイロスに所属する身ですので」
「始めまして、デイフォブス代表。お目にかかれて光栄です」
千年前は引き籠っていたボクが、こんな大物とビジネスライクな挨拶を交わすなんて、夢にも思わなかった。
「お聞きの通り、ライバル社のアキレウスと違って、本来わたしは代表ではないのです」
「では、どうして?」
「実は先代の会長が、事故により亡くなったのです」
後ろからペンテシレイアが、ボクの耳元でささやく。
「その事故と言うのが、アーキテクターの誤動作……でしてね」
「そ、それじゃあ、ボクたちを疑っているのですか?」
男は一瞬だけ真顔になったが、直ぐに大笑いを始める。
「ハッハッハ、先代が亡くなられたのは、二年も前の話でしてな」
トロイアの英雄は右手の平を見せ、ラウンジに座るように促した。
「今の時代、企業は能力によってトップを決める必要は、無くなってましてな」
「そ、そうなんですか?」
「何せ、人間よりも遥かに優秀なアーキテクターが、そこら中に存在しますからな」
「状況判断、処理能力、情報分析、効率化の能力、戦闘能力、戦闘指揮、生産能力……全てにおいて、人類は負けてしまっているワケです」
英雄とは思えない、消極的な発言だった。
「つまりはよ、艦長。この時代の人間ほぼ全てが……」
プリズナーが、意図的に怪訝そうな顔を作りながら吐き捨てる。
「機械に仕事を奪われ、機械に生産も開発もさせ、機械に養われて生きてるのさ」
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