迷い
「ハアッ、ハアッ」
久しぶりに百回も腹筋したから、息が……。
「フム、貴官もそれなりに鍛えているのだな?」
六つに割れた腹筋の持ち主が言った。
「だが、まだまだ鍛え方が足りない」
迷彩つなぎを脱いだ杜都さんの褐色の上半身からは、湯気が立っている。
「次は、あの鉄橋の下までダッシュだ。橋脚にタッチして折り返す」
「ええ!?」
「このパラシュートリュックを、ゴール地点とする」
そう言えばこの人、空から降ってきたんだ。
「そして復路は……このボールをドリブルして帰投せよ!」
横を見ると杜都さんが、ボールを蹴る体制に入っていた。
「安全確認よォォし、弾込めよォォし、単発よォォし!」
左足で大地を掴み、右足の筋肉が膨張する。
なに言ってるか、ぜんぜんわからないケド……。
足元にあったボールが激しく変形し、反動で弾け飛ぶ。
「ス、スゴイシュートだ……」
橋脚までは百メートルくらいあるのに、ボールの勢いが衰えない。
ボクが知ってる知識で言えば、『バズーカみたいなシュート』だ。
「だんちゃあああぁぁぁく、今ッ!!」
ボールがコンクリートに叩き付けられた音が、響く。
「各個に早駆け、前えッ!」
「……ふえ?」
「ヤーーーーーーーーーッ!!!」
雄叫びを上げながら、鉄橋に向かって突進して行く杜都さん。
「うああ、このままじゃ……」
ボクは慌てて後を追った。
直ぐに背中は見えたが、中々追いつけない。
とても速いワケじゃないケド、走るペースが同じだ。
それに……力強く安定してる。
「目標ォ確認、これより鹵獲(ろかく)に向かう!」
ボールは、橋脚から大きく離れた草むらに転がっていた。
杜都さんはまず橋脚にタッチし、ボールの方へと走り出す。
「そ、そうか……」
ボクも慌てて、コンクリートにタッチした。
この勝負、ボールが一つだけなんだ。
だから、ボールをドリブルして帰れるのは、一人だけ……。
「気付いたようだな……」
草むらからボールを蹴り出し、ドリブルに入る杜都さん。
「この訓練、オレからボールを奪わなければ、お前の負けだ!」
負けたくない……そう思った。
大好きなサッカーで、誰かに負けるのは嫌なんだ。
自然に脚が前に出る。
倉崎さんに負け、紅華さんにも負けちゃって、チームにポジションも無い。
だけど、それがどうした?
ボクは、何をくよくよ悩んでいたんだ。
サッカー選手に、約束されたポジションなんて無い。
どんなに偉大な選手でも、偉大になる努力によって掴んだポジションなんだ。
「ほう、脚はけっこう速いようだな」
後ろから見た杜都さんのドリブルは、紅華さんや倉崎さんみたいに上手くない。
ドリブルするコトで、スピードも落ちてる。
「だがな。ボールを奪えるかは、別だ」
……え?
心を読まれた?
ボクは杜都さんに追いつき、左側からチャージする。
サッカーは、ボールを持ったプレイヤーに対するショルダーチャージなどは、認められている。
ア、アレ、ビクともしない!?
ボクが強く当たっても、身体のバランスを崩さずドリブルに乱れすら無かった。
「体幹の鍛え方が違うのだ。このまま、突貫する!」
うわあ、スゴイパワーだ。
まるで、戦車みたいに突き進んでいく。
「このオレを、止めれるモノなら止めて見ろォ!!」
……そう言えば、倉崎さんが言っていた。
日本のボランチは、パワーのある相手の強引な突進を、止められないって。
ボ、ボクなんかじゃ、この人を止められないのか?
倉崎さんのノートにあった、杜都 重忠という名前。
パワーがあり、体幹もしっかりしていて、爆発的なキック力がある。
アスリートとしては、完成に近い逸材だとも書かれていた。
「アスリートとしては……でも!」
「ほう、まだ勝負を諦めていないか?」
確かにアスリートとしては、圧倒的に負けている。
だけど、サッカーのテクニックなら……。
「ボクが上だッ!」
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