チキンバーガー
「じゃあ本題に入るわね、宇宙斗くん」
十二人のアマゾネスを率いた女王ペンテシレイアは、サファイア色の長い髪をテーブルに零しながら頬杖を付く。
古代ギリシャの叙事詩、イーリアスにおいて。
女王を含む全員が、英雄アキレウスやギリシャ軍によって、命を落とす運命にあった。
「わたしたち十三人は、これからアナタの学園に編入するわ」
「で、でも、ペンテシレイアさんたちって、大学生ですよね」
「ええ、だからもちろん、クロノ・カイロス大学にね」
そんな大学も、存在するのか……ヤレヤレ。
記憶を改変できれば、何でもアリなんだな。
ボクは、ハンバーガーショップの大きな窓から見える、空を見上げた。
この平凡な青空も、透明なドームに投影された偽りの空に過ぎない。
その向こうには、星々が浮かぶ漆黒の海が広がっていた。
けれども、今はセノンや真央も、ペンテシレイアたちも、偽りの記憶を真実だと信じている。
「記憶ってのは、こうも曖昧なモノなのだろうか?」
「急にどうしたの、宇宙斗くん!?」
「今って西暦何年だ?」
「二千二十一年だろ、ホントどうしたんだよ、宇宙斗」
「何でもないよ、真央。ゴメンな」
二十一世紀と、西暦すら廃止された千年後の未来が、ごちゃまぜになった記憶。
アナログの教科書には、千年の間に起きた事象が記され、彼女たちの首にはコミュニケーションリングが光輝いている。
「ま、記憶なんてのは、どうとでもなるぜ」
パーテンションを隔てた席から、プリズナーたちの会話が漏れ聞こえた。
「人間の記憶は、脳のシナプスが記憶領域に蓄えた、微弱な電気信号に過ぎないわ」
「記憶喪失なんてのは、記憶領域が破壊されたか、その経路が断ち切られたかだ」
「つまり、記憶経路を偽りの情報に誘導するだけで、人間の記憶は簡単に置き換わるのよ」
脳が見ている記憶……か。
もしかしたら操作されているのは、ボクの記憶かも知れないな。
「ねえ、舞人くん。どうしたの、ボーっとして」
「ああ、少し考え事をね」
セノンが、不思議そうにボクの顔を覗き込んでる。
「ところでさ。ウチの学園と友好関係を結んで、それでなにすんの?」
「そうね。まずは、トロイア・クラッシック大学に来て欲しい」
ペンテシレイアが答えると、彼女の取り巻きも話し出す。
「実はウチの大学には、厄介なライバル大学があってさ」
「今、そこともめてるんだよね」
「クロノ・カイロス学園と仲良くなって、牽制しておきたいってとこかな?」
巨大軍事企業との交渉も、女子トークに落とし込めば、この程度の内容でしかない。
「国家間の交渉だろうと、幼稚園児の約束だろうと、実は大して変わらないのかも知れないな……」
「なんの話してるの?」
「ハンバーガーも、ステーキも、中身は同じ牛肉って話」
「宇宙斗くん、それ……チキンバーガーだよ」
「……」
巨大軍事企業・トロイア・クラッシック社との交渉は、ハンバーガーショップでの女子会という形で、幕を閉じる。
実際に、それ以上話す事も無かった。
ハンガーへと戻った、ペンテシレイア率いる十三人のアマゾネス戦士たちは、本社と連絡を取る。
デイフォブス=プリアモス代表と回線を繋ぎ、ありもしない会議の内容を伝えていた。
「これで、この艦の機密は保持されたワケだ」
『はい、艦長』
べルダンディは、悪びれる事無く答える。
『今の彼女たちは、立派な会議室で論理に基づいた議論を重ね、お互いの合意文章に署名した記憶しかありません』
「記憶とは、恐ろしいモノだな。それが真実かどうか、確かめる術はないんだ」
この時のボクは、自分が言った言葉の本当の意味に気付いて無かった。
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