王の最期
黒煙の向こうに、異形の姿を顕す魔王・『ザババ・ギルス・エメテウルサグ』。
後の世に、『破軍』と『破滅』の魔王と呼ばれる存在を目にし、人々は恐怖で震えあがった。
逃げ惑う市民で溢れる大通りから、少し入った裏路地。
「……なんという……コトか……由緒ある王城が……」
武装した騎士や武士たちに囲まれ、地面に伏せた老人が呟く。
「王よ、お気を確かに」
「現在ニャ・ヤーゴに、援軍要請の使者を送っております」
「シャロリューク様にかかれば、あのような魔王など!」
「シャロリュークは今……行方知れずだったであろう?」
この時はまだ、赤毛の英雄がサタナトスの手で魔王となり、舞人によって赤毛の少女となった事実は、届いていなかった。
「で、ですが、他の覇王パーティー・メンバーは未だ健在」
「どの道ワシは……助からん。お主らは避難する市民の先導をいたせ」
「何を気弱な。この国の王は、あなた様なのですぞ!」
「お、王権の証たる刀『八咫』は……曾孫娘たるレーマリアに授けてある……」
老人の腹は、ドス黒い血で染まっている。
「も、もし王都が堕ちれば……お前たちは、レーマリアの元で国を……」
それが老人が、最期に発した言葉となった。
「たった今、王は……身罷(みまか)られた……」
立派な髭を生やした騎士が、静かに王の眼を閉じる。
「セルディオス様。お言葉ですが、まだ甦生の可能性が……」
「エキドゥ・トーオの王宮には、神霊術に長けた神官がおります」
「今すぐ王宮にお連れすれば、回復されるのでは」
武者鎧を着た、三人の少女が言った。
「王は責務を果たされた。これ以上、地獄のような光景を見ることも無かろう」
セルディオスは、西の方角を見る。
「それにエキドゥ・トーオの王宮も、無事ではあるまい……」
エキドゥ・トーオの王宮は、ヤホーネス城とは別の迎賓館のような建物であったが、その方角からも炎が上がっていた。
「ヒルデブラント、シンディーニャ、ケイトファルス!」
髭の騎士団長は、部下の名前を叫んだ。
「キサマらは王都より堕ち伸びて、レーマリア皇女殿下に王の最期の言葉を伝えよ!」
「セルディオス将軍は、どうされるおつもりなのです?」
「王の遺言だ。是より、市民の先導をいたす」
大通りに、王都に潜入した魔物の大軍が現れる。
「でしたら、我々も……」
「これは命令だ。行け!」
騎士団長は剣を抜き、魔物の群れへと斬り込んでいった。
「ご、ご武運を……」
三人の侍少女は、大通りとは反対方向から首都を脱出する。
途中で馬を調達し、丘の上に立つと、ヤホーネスの王都は炎と黒煙に覆われていた。
~その頃~
ニャ・ヤーゴにある、古びた教会。
一人の少女が、神に祈りを捧げている。
「どうか神よ、我が曾祖父たる王の命を……民たちの命をお救い下さい」
彼女はパレアナではなく、皇女レーマリアだった。
「レーマリアさま、少しお休みになられてはいかがですか?」
栗毛のシスターが、皇女に声をかける。
「ありがとう、パレアナ」
「王都からの知らせは、そんなに酷いものだったんですか?」
「魔物の大群が現れ、王城が魔王によって壊滅したとの知らせが……」
この時点ではまだ、王が死亡した事実は伝わってはいなかった。
「それって、サタナトスの仕業なのでしょうか?」
「残念ながら、わたしに知る術はありません」
「し、心配いりませんよ」
パレアナはシスターとしてより、同世代の少女として皇女を励ましたかった。
「グラーク公の率いるオフェーリア軍が、救援に向かわれたのですから」
「ニャ・ヤーゴと王都の間には、イティ・ゴーダ砂漠が広がってます」
「……で、ですよね」
それでなくとも、王都までの距離は遠く離れていた。
『ククク……それはさぞや、不便だろうねえ?』
教会の聖堂に、不気味な声が響き渡る。
「だ、誰です!?」
皇女が見上げると、ステンドグラスを背景に、金髪の少年が浮かんでいた。
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