穴だらけのドア
ライアは自分の父親を、『この世で最も軽蔑している』と言った。
彼女の父親は死んだと思ったのは、ボクの勝手な勘違いに他ならない。
少し恥ずかしい気分になっていると、自分の気持ちに素直な少女が言った。
「ゴメ~ン。アタシてっきり、ライアのお父さん、死んじゃったのかと思った」
「死んでいるかも、知れません……」
「ふえ、それって、どう言うコトォ!?」
「父は失踪したのです。解かりやすく言えば、行方不明ですね」
「行方不明……そうだったんだ!」
「捜索願いは、出してあるのか?」
「ええ。一応は……」
ライアは、軽くため息を吐く。
「警察官だった父が、不祥事を起こした時に配属されていた警察署に提出してあります」
「な、なんか、大変だったんだぁ」
レノンも、頭の後ろで腕を組んで空を仰ぐ。
「ウチも親父が教師をクビになった時は、ずいぶん荒れてたケドな」
話しているうちにボクたちは、何時の間にかアパートの前に立っていた。
「ここが、美乃栖さんのアパートですか……古いですね」
「ってか、むしろ廃墟じゃん。タリアのヤツ、こんなトコ住んでたの?」
「タリアの叔父さんが住んでいるんだ。悪く言うモンじゃない」
「だって草ボーボーだし、階段落ちかけてるし、ドアも穴だらけジャン」
「ぐッ……と、とにかく行くぞ。二階の三号室だ」
「この階段昇るのォ。いつ落ちてもおかしくないよ、これ」
「大家は管理義務を、怠っているようですね。後で掛け合ってみましょう」
「部外者がそれやっちゃ、マズいだろう?」
「事故が起きてからでは、遅いのですよ、先生」
「ま、まあ、それはそうだが……」
ボクたちは、恐る恐る階段を昇った。
「アレ、誰かいるよ。部屋の前」
「警察関係者では、無いようですね」
二〇三号室の前には、数人の少女たちがたむろしていた。
少女たちは全員が、スポーティーなジャージを着ている。
「どこかの、運動部かな?」
「恐らく、学校のテニス部か、テニスサークルでしょう」
学校という制度は廃止されたものの、未だに学校へ通う生徒も一定数いた。
「なんで、テニスって解かるのさ?」
「彼女たちのカバンを、ご覧なさい」
「ラケットケースか……流石は、鋭い観察眼だな」
「誰でも気付くレベルかと思います」
ライアはクールに言うと、少女たちに歩み寄る。
「待つんだ。彼女たちは、もしかしたら……」
「それに、彼女たちがこのアパートを訪れた理由も、何となく解かった気がします」
ボクの予想では、彼女たちは今回の事件の最初の被害者だ。
高架下で男たちに絡まれ、スマホでいかがわしい写真や動画を撮られた。
そこをタリアに助けられ、お礼を言いに来たのだろう。
「わたしはタリアさんのクラスメイトで、共に学んでおります」
そんな事情を察したのか、少女たちに 優しく接するライア。
「あなたたち、タリアさんには会えましたか?」
「そ、それが……タリアさんはもう、ここには居ないって」
「叔父さんが……」
少女たちは、怯えた顔でそう言った。
「昨日はすみません。タリアが居ないって、どう言うコトでしょうか?」
「ん、昨日の先生さんか……騒がしくて叶わん」
薄暗い部屋の中で、虚ろな目をした中年男がボクを睨んでいた。
「アイツなら昨日の深夜、のこのこ帰ってきやがってよ」
男の後ろには、湿気った布団が敷かれている。
周りには、焼酎のペットボトルや、ビールのアルミ缶が転がっていた。
「警察に、飯食わせてもらうのかと思ったら、深夜にドアを叩く音が聞こえてよ」
「それであなたは、タリアさんを部屋に入れなかったと?」
「まあな。夜勤明けで、疲れてたモンでよ」
「なんでェ。鍵開けるだけジャン!?」
「……疲れていたんだよ」
「あなた、それでもタリアさんの保護者ですか?」
「好きで保護者やってんじゃねえよ。兄貴が死んで、仕方なくだ」
「お前、ほんっとクズだな!」
レノンが吐き捨てる。
「ああ、クズさ。ガキには解からんだろうが……な」
男は、穴だらけのドアを閉ざした。
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