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「随分と要求値高いな、アンタ」
それは、小さな児童公園での出来事だった。
「不服か?」
「イヤ……むしろその方が、やる気になるってモンよ」
紅華さんは二~三歩前に進むと、倉崎さんが差し出した右手の前に立つ。
「……んで、コイツの言ってた、金が支払われるってのは?」
「トップリーグの様には出せないが、バイトくらいの報酬は出す予定だ」
「マジかよ、なら決まりだ」
紅華さんの右手は、倉崎さんの右手を握った。
「ちとワケありで、自分の学費くらいは稼ぎたかったからな」
紅華さんがお金を欲しがる理由って、なんだろ?
「サッカーやれて、金が貰えるんなら言うコトねえぜ」
「紅華 遠光。ようこそ、プロサッカーの世界へ」
一足先に、プロサッカー選手とした脚光を浴びた男が、拳に力を込める。
……プ、プロかあ。
憧れてはいたケド、全然意識してなかった。
ボクもお金を貰うんなら、プロサッカー選手……なのだろうか?
「今日からキミも、我が『デッドエンド・ボーイズ』の一員だ」
「名刺見たときから思ってたんだが、縁起でもねェチーム名だな」
「ま、名前の通りだよ」
ボクもちゃんと喋れれば、そこは突っ込みたかった。
「何かに行き詰ったヤツくらいしか、入ってはくれないだろう?」
「……言い返せないのが、腹が立つな!」
「そう怒るな。とりあえず、これでメンバーは二人になったな」
「あ……今、なんつった?」
「メンバーが、二人になったと言ったんだが」
「そ、それって、オレとアンタ?」
「イヤ、お前と一馬だ」
「ふざけんなんよ!」
そ、なるよね~。
それから紅華さんは十分くらいの間、倉崎さんを問い詰めた。
「つまりアンタは、名古屋リヴァイアサンズとプロ契約を結んでいるから、デッドエンド・ボーイズの試合には出られないんだな?」
「そうだ」
「そうだ……じゃ無いっスよォ、倉崎さん」
紅華さんが、ため息をつく。
「あと最低、九人はいないとサッカーできないんスよ?」
ボクもその横で、必死に頷いた。
「問題ない」
倉崎さんの眼がボクを見たので、預かってたノートを見せる。
「サッカーが上手くて、何かに行き詰ってそうな高校生を、何十人かピックアップしておいた」
「こりゃ、かなり念入りに調べて……ん、オレのもあんな?」
自分の情報を、読み始める紅華さん。
「天性のドリブラーで、相手の意表を突くのが上手い。ほぼ全てのプレーを左足一本でこなし、左サイドからのクロスさえ左足で上げる」
そこまでは、良いことが書いてあるんだ。
「守備はほぼせず、スタミナに問題あり。フィニッシャーとしては凡庸であり、ドリブルを効果的に使えていない。我がままで、組織的なチームプレーには向かない……」
読み進めるにつれて、声のボリュームが小さくなっていった。
「ま、気にするな」
「気にしますよォ!」
「そうか、だがそれは、現時点での評価だ」
「つまり、フィニッシャーとして点を決め、司令塔としての役目もこなせと」
「最初の要求としては、それくらいが妥当なところだろう」
「ヘイヘイ。判りましたよ」
文句をいいつつも、パラパラとノートをめくる紅華さん。
「ん……この雪峰 顕家ってヤツ、知ってんな」
「そうか、どんなプレーヤーだと感じた?」
「小学生の頃、選抜チームで同じになった時、少し話したくらいの印象っスよ」
「ああ、構わない」
「ポジションはセカンドボランチのコンダクター(指揮者)タイプ。一つ一つのプレーがやたら正確で、オレと違って頭脳でプレーする感じ」
「オレの評価も、似たようなモンだ。だが彼は、サッカーを続ける気は無いらしい」
「え、それって……?」
「彼は中学受験で有名進学校へと進み、高校も同じ学園の高等部に所属している」
「そこ、サッカー部は無いんスか?」
「あるにはあるが、到底彼のレベルには及ばん。同好会に近いレベルだ」
「それじゃ、望み薄っスね」
「ああ……惜しいプレーヤーだが残念だ」
倉崎さんは諦めていたケド、ボクは何故か彼が気になった。
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