疑念
MVSクロノ・カイロスの艦橋にて、ボクは……。
「どうだろうか、若き艦長。我がトロイア・クラッシック社と業務提携を結べば、貴艦にとっても多くのメリットがある。悪い話ではないと思うが?」
二つの軍事企業の代表と、交渉を続けていた。
「ボクは、冷凍睡眠者(コールドスリーパー)だ」
その情報を出すべきか迷ったが、開示する事にする。
「生まれたのは二十一世紀だから、キミより遥かに年上だと思うよ?」
「そうか、これは失礼をした……」
デイフォブス=プリアモスは、顔を曇らせながらも謝罪した。
「フン。我々より年上とは、そう言うコトか」
もう一人の交渉相手である、アキレウス=アイアコスは顔を歪める。
「だが、千年も前の人間など、時代遅れの骨董品に過ぎん」
あくまで尊大に振舞う、ギリシャの英雄。
「お前とてアウストラロピテクスを、尊敬しているワケではあるまい?」
「確かにそうですね……」
ボク自信、中身はただの高校生でしかない。
年寄りを尊敬しろと言う意図は無かった。
「そりゃそうだ。ただ、年を喰っているからと言って、尊敬されるモンじゃねえ」
プリズナーが、嘲る。
「人が尊敬心を抱くのは、アンタには備わって無さそうなモノに対してだからな」
「何だと、キ、貴様ッ!?」
画面に映った英雄の一人が、立ち上がって怒りを露にする。
「大企業のトップがこの器では、先が思いやられる」
「デイフォブス……貴様らのトップとて、下らぬ人間ではないか!」
「わたしはそれを、断じる立場にない……」
大画面モニターの中で行われる、企業間闘争。
デイフォブス=プリアモスは、トロイア・クラッシック社の会長では無い。
それは、理解できた。
『どう致しますか、艦長』
「そうだな……」
ボクは、少しだけ考えた。
こんな状況下でも、『時澤 黒乃』であれば即決するだろうな……。
彼女は、迷いという感情からは、かけ離れていた気がする。
「まず、あなた方にとって、到底信じがたい話をしたい」
「何を言っている?」
「意図が解らない」
「つまり、あなた方の会社の艦隊を奪った、経緯について話したい」
「ほう、盗人の弁明とやらか?」
「そう思われても仕方ないが、艦隊を奪ったのは我々ではない」
「例え詭弁であろうと、もう少しまともな嘘をついたらどうだ?」
「現状を見れば我々二社の艦隊は、旗艦を中心に艦隊として運用されている」
「ま、状況から見りゃあ、そう思うだろうよ」
プリズナーが指摘した通り、彼らの立場であればそう考えるだろう。
「……ですが、ハッキングを行ったのは、我々ではなく別の艦です」
「下らん冗談だ。ならばその艦は、今どこにいる?」
「ボクたちが苦戦の末、なんとか撃破しました」
「ヤレヤレだ。これ以上は、聞くに堪えんな……」
アキレウスは再び豪奢な椅子に、ふんぞり返る。
「いや、確かに貴艦のある宙域で、交戦があったと推測できる観測データがある」
デイフォブス=プリアモスが言った。
「そうだよ、漆黒の闇の魔女の残骸が、存在するハズだ!」
「そいつが、艦隊を乗っ取った張本人」
「確かめて貰えば、わかるよ」
真央、ヴァルナ、ハウメアの三人が、オペレーター席から叫んだ。
「残念だが今は、観測機までもが貴様らの傘下にある状況だ」
「我々に、それを事実と認識する為の手段は無い」
どうやら、勝手に飛び回るカメラ付きの艦載機たちは、都合のいい情報しか彼らに提供していない様だった。
「そうやって偽の情報を流し油断させ、我々の他の艦隊をおびき出し、乗っとる算段であろう?」
アキレウスは、今度は冷静に立ち上がる。
「その手には、乗らぬわ……」
スクリーンの半分から、英雄が消えた。
「ヤレヤレだぜ。正直に話したところで、あんな話信じられっかよ」
「……それも……そうだな」
ボクは艦長の椅子に深く座り、天を仰いだ。
「オレは貴公の話を、信じてみようと思う」
その時、もう一人の英雄が言った。
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