救えなかった命
「フン、口程にも無い」
「我らの敵では無い」
村人を殺したところで、元・死霊の魔王である彼女たちにとっては、何ら心を乱すモノでは無い。
……だが、その『主』は違った。
「止めるんだ、ネリーニャ、ルビーニャ!」
猫と牛の首を落とされた魔物は、苦しみ悶えている。
「コイツはボクが……ボクが何とかするから、お前たちは手を出すな!」
舞人は、ガタガタ震えながら『ガラクタ剣』を構えた。
「待て、ご主人サマよ」
蒼髪の少年の肩に手を置き、冷静になるように促すルーシェリア。
「アレは、『魔王』ほどの強大な魔力は、持ち合わせてはおらんようじゃ」
「『ジェネティキャリパー』を使えば、消滅させちまうだろうな」
「そんな……だったらどうすれば、シャロさん!?」
剣を降ろした舞人は、虚ろな目を赤毛の少女へと向ける。
「残念だがよ、どうにも出来ね~よ」
「そ、そんな、だってシャロリュークさんは、英雄じゃないですか!?」
「そうだ……英雄だ」
赤毛の少女は、俯きながら答える。
「英雄なんてモンはよ、舞人。大勢の屍の上に、成り立ってるのさ」
「な、なに言ってるんですか、シャロリュークさん!?」
「ヤツらは既に、あの魔物を構成する部品だ。魂はもう、ここにはねえ」
「リーセシルたちでも、魂の離れてしまった人間を蘇らせるコトは、できないのよ」
「で、でも、まだ助ける方法が……」
「ヤツの実験はのォ、ご主人サマよ」
漆黒の髪の少女は、『主』と魔物の間に立つ。
「自らの魔晶剣・『プート・サタナティス』の能力、『人間を魔王へと変貌させる力』を見極める為に行われたモノじゃ」
それは出立前に、皆で予想していた事だった。
「この魔物は恐らく、『弱い人間でも大勢集めるれば、魔王に変貌させられるのでは無いか?』と考え、生み出されたモノじゃろう」
「そんな……酷いよ……そんなのって!?」
魔物は白い光を放ちながら、消滅しようとしている。
「じゃが、実験は失敗のようじゃ。哀しい結末じゃが……のォ」
「ダメだ……そんなコトさせない!」
舞人は、一度は降ろした剣を構えた。
「あの人たちは人間で、まだあの化け物の中で生きているんだ!」
その手は振るえておらず、瞳にも強い意志が宿っている。
「絶対に助けて見せる!」
「寄すのじゃ、ご主人さサマ! あの者たちは、もう……」
舞人は、ルーシェリアの言葉を振り切るように、剣を振り抜いた。
剣の一撃は、消滅しかかっていた魔物に当たる。
魔物は光の粒子となり、やがて『人間の女性』の姿を取った。
「凄い、舞人くん! 村の人たちを助けたのね?」
「いや、残念だが違うぜ、カーデリア。アレは……」
喜びはしゃぐ幼馴染みを、赤毛の少女は哀しい目を向け制した。
「ゴメン……ボクはキミを……キミ達を、助けられなかった!」
ボロボロと涙を零す舞人。
光輝く女性の姿の魔物は、静かに話し始める。
「……優しい子ですね、アナタは。私は、村のシスターだった者」
『彼女』は子供たちを教会の地下へと隠し、救ったシスターだった。
「彼には……『サタナトス』には、忌まわしき……過去が……」
しかしそれは、徐々に崩壊を始め消え去ろうとしている。
「ヤツの、忌まわしき過去!?」
「いいえ……むしろ、真に忌まわしきは……わたし達の方……」
シスターは、必死に何かを伝えようとしている。
「ですが、どうか彼を……彼の行いを止めて……」
魔物は、白い光となって完全に消滅した。
「よう頑張ったのじゃ……ご主人サマよ」
その場で泣き崩れる舞人の肩を、漆黒の髪の少女が抱き寄せる。
「あ、貴女は……立派なシスターでした」
幼子のように嗚咽する、蒼い髪の少年。
「貴女の護った子供たち……ボクが……絶対に!」
「ただ心に刻んで置け、舞人」
駆け出しの英雄の前に、赤い髪の少女が立った。
「普通の村に暮したヤツらが、生きて……死んで行った事実を……な」
そこにはおとぎ話の中ではない、リアルな英雄の姿があった。
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