フードの少女
「良かったな、解放されて」
ボクは真夜中の警察署を出所する、教え子に言った。
「まったく、お節介な先生だぜ。どうすんだよ、もう電車は無いぜ」
美乃栖 多梨愛は、頭の後ろで腕を組みながら振り返る。
「タクシーでも拾って帰るよ。それより、伯父さんのアパートまで送ろう」
「え、先生よりアタシのが強いのにか?」
「それでも、ボクの生徒だからな」
パトカーで十分ほどの距離を、生徒の背中を追いかけながら歩く。
「見てよ、先生。星が綺麗だぜ」
「そうだな、雨が上がって雲が晴れたんだろう」
「そう言や来るとき、雨降ってたモンな」
「なんだ、もう忘れてたのか?」
「う~ん、なんか数時間前のコトには思えなくて……」
タリア的には、警察に長く拘留される覚悟だった様だ。
「ところで……さ」
「ん、どうした?」
急に彼女の歩くペースが、遅くなる。
「……先生はやっぱ、契約解除されたりするのか?」
「どうかな。それを決めるのは、ボクじゃなく雇用主だからな」
「それって、ユミアってコト?」
「いや、多分……」
「本当に権限を持ってるのは、やっぱユークリッドの社長の方か……」
フードの少女は、不安そうにボクを見つめていた。
「ああ、契約を解除されるかどうかは、久慈樹社長の考え次第だ」
「で、でも、問題を起こしたのは、アタシだろ。どうして先生が……」
「指導している生徒の、警察沙汰の不祥事だ。解雇理由としては、真っ当だろうな」
「ゴ、ゴメン。でも、アイツらは……」
「聞いたよ、タリア。彼らの行った、女子中学生たちに対する行為を」
「そ、そっか。流石に警察相手じゃ、隠し切れないか」
「お前の取った行動は、正しいと思う。暴力を使ったのは問題だケド、暴力を使わずに彼らを止められたとも思えない」
警察や弁護士であれば、こんなコトは言わないのだろう。
教師としても、不適切な発言かも知れない。
けれども警察官はピストルを所持しているし、平和憲法下の日本であっても、自衛隊には戦闘機にしろ、戦車や艦にしろ、各国顔負けの近代兵装が揃っている。
「子供にばかり、暴力ではなくそれ以外の方法で解決しろと言うのも、大人のエゴだろうしな」
「でも、みんなには迷惑かけちまったな。アタシのせいで、天空教室は……」
フードの下の顔は、激しく俯いた。
「なんで久慈樹 瑞葉は、アタシなんかを生徒に選んだんだ!?」
「選考基準は不明だが、そこに関しては社長に感謝しているよ。みんな、可愛い生徒だ」
「だ、だけど……」
「いいかい、タリア」
感情をむき出しにする少女を、言葉で制する。
「ボクはまだ、先生をクビになったわけじゃないし、教室も終わったワケじゃない」
「先生……」
「クビになるまでは、精一杯出来るコトはやるし、クビを宣告されても喰らいつくさ」
「見た感じ、頼りなさそうだケド、意外に根性あんな」
美乃栖 多梨愛は、ようやくほんの少しだけ、笑顔を見せてくれた。
それからボクは、フードの少女をアパートまで送り届けると、タクシーを拾った。
「ユミアも、心配しているだろう。連絡を入れておかないと……」
タクシーの後部座席で、スマホを使ってメールを打つ。
ユミアと違ってデジタルが苦手なボクは、帰宅するまでメールを打っていた。
翌朝、ポストに入っていた新聞を、戦々恐々と取り出し広げる。
タリアの事件が載ってしまってないか、心配だった。
「ユ、ユークリッドって、まさか一面トップに……!?」
けれども、新聞を開いてみると、記事の内容は事件とは異なる。
『ユークリッドの、久慈樹 瑞葉社長がニューヨークで挑発的宣言!』
『日本がストリーミング動画の、新たな時代を創る!』
新聞には、そう書かれていた。
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