見解の相違
うわわ。何で鳴弦さん、涙声なのォ!?
「遠光。確かにアンタには、才能があるよ……」
鳴弦さんは、背後にボクがいるコトなど忘れてる気がする。
「アタシよりハサミも器用に使いこなすし、サッカーだって上手じゃないか……」
「あ、それがどうした?」
「才能があったって、使いこなさなきゃ意味が無いって言ってんだ!」
「そりゃ、才能が無い姉貴の嫉妬じゃねえのか」
「な、なんだって!」
「無能がいくら努力したところで、無駄だっつってんだ」
グハッ。紅華さん、なんてコトをッ!?
「昔っから不器用で、何をやっても上手く行かない姉貴が努力したところでよ。そこら辺に山ほどいる、平凡な美容師になるくらいが関の山だろ」
「アタシは、それで十分だと思っているよ」
「オレは、そうは思わない。見解の相違だな……」
「今のアンタは、それ以下じゃないか!」
「ぎゃっは、そりゃそうかもな」
そう言うと、紅華さんは自分の部屋を出て行った。
「ちょっと、鳴弦。そろそろ降りてきてくれないと、柿崎さんが……」
下の階から、紅華姉弟のお母さんの声がする。
鳴弦さんは母親の手伝いをした後、ボクを赤い軽自動車に乗せて送ってくれた。
「ゴメンね。恥ずかしいトコ、見せちゃって」
運転席のお姉さんが、照れくさそうに呟く。
「まったく、ナマイキな弟だろ。遠光のヤツは」
ボクは、首を縦に振りかけたが、慌てて横に振った。
「そんなに気を遣わなくたっていいよ。アイツが言ったコトも、まあ腹は立つケド本当のコトだしね」
暗い車内で時折、街路灯の灯りに照らされるお姉さんの顔は、寂し気に見える。
「アイツに比べりゃ、ホンット不器用でね。ハサミすらロクすっぽ使えないモンだから、毎日店長や先パイに怒られっぱなしさ」
そう言えばお店でも、ずいぶんと怒られていたような……。
「でも、日々上手くはなっている。不器用だって、少しずつでも努力すれば、母さんみたいな美容師になれるって思うんだ……」
ボクも、そう思った。
でも、倉崎さんを見ていると、そうじゃないとも思ってしまう。
サッカー選手の場合、誰もがプロになれるワケじゃない。
美容師の世界はぜんぜん解らないケド、サッカーは特別な才能がある人が努力をした結果、プロになれる気がする。
「ウチは、親父が三年前に死んじまってね。それ以来、店は母さん一人で支えてるんだ」
夜が深まったせいか、地面を照らすライトもクッキリしている。
「母さんが無理をして働いた金で、美容師の専門学校に行かせて貰ったからね。早く一人前の美容師になって、店を盛り立てないと……」
お姉さんはそれっきり、喋らなかった。
次の日、ボクは学校の授業を終えると、再び紅華さんの高校の前に立つ。
「あの子、昨日もいたよね?」
「今日もまた来てるのか」
「ウチの高校に、知り合いでもいるのか?」
噂話が、周りの生徒たちから聞こえた。
その中を、ピンク色の髪の男子生徒が、ボクなど見えないかの如く通り過ぎていく。
あわわ……紅華さんが、行っちゃう!
ボクは慌てて、その背中を追いかけた。
昨日と同じバス停まで付いて行き、昨日と同じくギリギリでバスへと乗り込む。
「だああ、うっとおしいな。お前、一体なんなんだよ」
最後部の指定席に座った紅華さんに、睨まれてしまった。
また、名刺を渡してみよう。
「受け取らんわ。営業のサラリーマンか?」
名刺は紅華さんの手で叩かれ、何処かへ弾け飛ぶ。
「お前みたいに無口な営業マン、いね~だろうがよ」
まあ、無理も無いか……とりあえず、隣に座ろう。
「なに勝手に隣、座ってんだ。前行け、前!」
仕方なく、一つ前の席に座る。
アレ、このバス……
路線バスは、昨日は直進した交差点を右折して、別の道に入った。
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