巨大なイルカ
「ボクが突入を命じたばかりに、アイツらの命が……」
敵艦内部の奥深くに進入した、ウィッチレイダーたち。
悩んでいる間にも、敵艦の誘爆は進んでしまっている。
「ベル、取り残されている娘たちは、何人だ……?」
『合計で九人……他は既に、脱出に成功しております』
「パ、パパ、どうしよう!?」
「もう、間に合わないよォ!」
「た、助けてェ、パパァ!!」
艦長の椅子に座ったボクの脳裏に、幼い娘たちの意識が飛び込んでくる。
どうしたらいいのか、艦長として有効な解決策を提示できない。
「艦長さんよ、これは戦争だ」
プリズナーの言葉が、ボクの心臓に突き刺さる。
「兵士が死なねえ戦争なんて、ご都合主義の塊みてえなモンは、ありゃあしねえのさ」
「娘たちを、何人か……諦めるしか……」
「オイ、フォログラム。位置はどこだ。全員バラバラか?」
『二カ所に固まっております。艦の上部と、スカートの付け根付近です』
「そうかい。だったらオレの相方が、何とかしてくれるかも知れねえなあ?」
頭を抱え落ち込んでるボクの隣で、プリズナーがほくそ笑んだ。
「え。それは、どう言う意味……」
「おじいちゃん、大っきな魚……イルカさんが泳いでますゥ!?」
突然セノンが、突拍子も無いことを叫ぶ。
すると艦橋の上宙を、一匹の巨大なイルカが通過した。
「あ、あの機体はなんだ!?」
『機体名は、アフォロ・ヴェーナー。五十メートルを越える、キガンティス・サブスタンサーです。現在は、スーパークルーズ・モードで航行しております』
「ア、アレを操縦しているのは……もしかして?」
「オレの相方に決まってんだろ、ボケ!」
「そ、それじゃあ、アレにトゥランさんが!?」
シルバーと真珠色の巨大イルカは、そのまま敵艦に体当たりを仕掛けた。
アフォロ・ヴェーナーに突貫され、漆黒の海の魔女は真っ二つになる。
「魔女が、細い上半身とスカートの下半身とで、二つに分断されたッ!」
「でも誘爆が、まだ納まってない……」
「このままじゃ、この艦まで核融合に巻き込まれちゃう」
真央と、ヴァルナとハウメアが、無意識にオペレーターとしての役割を果たした。
「ボサッっとすんな、艦長。ウィッチレイダーたちに、さっさと脱出して、アフォロ・ヴェーナーに向かうように命令しろ!」
「わ、解かった!」
疑問はあったが、ボクはプリズナーの指示に従う。
「お前たち、艦から脱出できるか?」
「ウン、今ので大きな穴が開いたから」
「外に出て、アフォロ・ヴェーナーに向かってくれ」
「わ、わかった」
「直ぐに向かうよ、パパ」
それからのボクは、娘の無事を神に祈るコトしか出来ない親の心境を味わった。
『MVSクロノ・カイロス、重力バリア展開……各自、衝撃に備えて下さい』
そう言い残したベルは、突然消え去る。
「ヤレヤレ……実体の無いフォログラムは、気楽なモンだぜ」
「重力バリアが展開される。みんな椅子にしがみつけ!」
ボクは、艦長の椅子を抱きしめる。
「漆黒の海の魔女が、真っ白な光に飲まれたッ!?」
「核融合炉の暴走が、始まる……」
「メルトダウンだ!」
三人のオペレーターが説明した通り、美麗な宇宙の星々を映していた艦橋の窓は、白一色で塗り潰される。
「お、おじいちゃん……きゃああッ!?」
「グッ……ウゲッ!」
ボクは、衝撃波によって吹き飛ばされた、セノンを受け止める。
目も開けていられないくらいの光は、一瞬で遮断された。
巨大地震並みの激しい揺れが、艦を襲うかと思ったが、新幹線の中よりも揺れは少ない。
「この艦は、重力バリアで護られたケド、直近で核融合に巻き込まれた、アフォロ・ヴェーナーや、娘たちのグレンデル・サブスタンサーはどうなったんだ!?」
ボクは不安で心を満たしながら、遮光フィルターが開くのを待った。
一分ほど経過しただろうか。
窓の外には再び、プラネタリウムの様な星々が輝いていた。
「娘たちは……無事なのか?」
艦長の椅子に座っているのに、娘たちの意識が飛び込んで来ない。
「返事をしろ、聞こえないのか!?」
「……ッセーな、どうやら無事らしいぜ」
プリズナーが親指で、艦橋の外を指し示す。
「な、なんだ、アレは……?」
「大っきな、ホタテ貝なのですゥ!?」
セノンがまたもや、突拍子も無いコトを言った。
けれども宇宙に浮かんでいたのは、巨大なホタテ貝に相違なかった。
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