紅華 鳴弦
ボクは終点から二十分くらい歩いて、一つ先の停留所まで戻る。
紅華さんの知り合いの女子高生たちが、降りていったところだ。
終点の車庫も兼ねた停留所と比べると、遥かに賑わっているなあ。
ターミナルかあ。
地下鉄で帰った方が安いかも。
料金くらい見てくか。
古びた駅ビルから地下へと入ろうと、歩道を歩くボク。
アレ、この辺りって……ずいぶんと、美容院が多いな?
駅ビル自体にも、周りの貸しビルにも、お洒落な美容院が入っている。
独立した店舗も、何軒かあった。
そう言えば紅華さんも、美容院を継ぐとかなんとか言ってたな。
美容院のクリアガラスに、自分の顔を映しながら考え込んでいると、中の女の人と目があった。
「……あ」
ヤバ、マズった!
「あ、さっきのコだ」
「御剣 一馬くん!」
「アンタ、なんで名前、覚えてんのよォ!」
キャアキャアと騒がしい声を上げながら、七人の女子高生たちが美容院から出てくる。
「キミ、終点まで乗っていったんでしょ?」
「もしかして、乗り過ごしたとか?」
別にそうでも無いのだケド、ボクは首を縦に振った。
「一馬くんってさあ、サッカークラブに入ってるんだよねえ?」
もう一度、首を縦に振る。
現時点でボク一人だケド、間違いではいよなあ?
「実はトミン、サッカーやっててけっこう上手いのよ」
「そりゃ知ってんだろ。スカウトしに来てんだし」
「あ、そうか」「なに天然かましてんだよ!」
引きつった顔のまま立ち尽くすボクの目の前で、勝手に会話が展開され、勝手に解決されていく。
「でもトミン、サッカー部に入れなかったみたいだよね」
「そりゃ、あんな派手なピンク色の頭じゃ、高校の部活は厳しいだろ」
「だよねえ。でも、サッカークラブだとOKなの?」
そ、それはクラブのオーナーである、倉崎さんに聞かないと……。
ボクは首を傾げる。
「どうやら、わからないみてーだな」
「でも、学校の部活より可能性あるんじゃない?」
それもそうかと、今度は首を縦に振ってみる。
「トミン、もの凄くドリブル上手いのに……」
「サッカー辞めちゃうなんて、もったいないからさ」
「上手いこと誘って……」
すると急に、美容院の透明なガラスドアが開いた。
「アンタら、悪いんだケド、店の入り口前で立ち話は止めてくれないか」
中から現れたのは、女子高生たちと比べると背も高く、体つきも大人な女性だった。
「他の客がってアレ……そのコは?」
女性はお洒落な白い制服を身に着けており、美容師のようだった。
栗色の長い髪に、切れ長の目をしている。
「あ、お姉さん、ごめんなさい」
「このコはサッカークラブに、トミンをスカウトに来たんです」
「え、遠光をかい?」
「はい。トミン、サッカー部に入れなかったみたいです」
「あの髪の色じゃ、そうなるだろうって、あれホド……」
美容師らしき女性は、そう言いかけて中の男性と目が合う。
「わ、悪いんだケドアンタら、そこの喫茶店で待っていてくれないか。今日は六時に上がれるから、好きなモン注文してくれ」
女性はペコペコと頭を下げながら、仕事に戻っていった。
「お姉さんも、大変そうだね」
「美容師としてはまだ、新米だろうからな」
「んじゃ、喫茶店に行ってようか」
「キミも行こ」「そこのお店だから」
ボクは女子高生の 何人かに両手を引かれ、喫茶店へと連行される。
「わたし、メロンソーダとホットドックね」
「わたしはココアと、カツサンド下さ~い」
遠慮もせず、メニューを片っ端から注文する、七人の女子高生。
ボクは、いたたまれない気持ちのまま、中々進まない時計の針を眺める。
するとカランカランと、ドアのベルが鳴った。
「ゴメンな、待たせて。アタシは遠光の姉の、紅華 鳴弦(くれはな なつる)だ」
女性はそう名乗った。
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