フライングボレー
選手たちが、ピッチへと入場してくる絵を映し出す、薄型テレビ。
「アレ。今、見覚えのある顔が横切ったような……?」
けれどもカメラは直ぐに、両チームの選手が横に並ぶ引きの場面に、切り変わってしまう。
「カーくん、プロサッカー選手に知り合いいるのォ?」
「いるワケないだろ。気のせいだったみたい」
気を取り直して、母親が持ってきてくれたオレンジジュースを飲む。
『名古屋リヴァイアサンズ、今日は思わぬ布陣を敷いてきました。従来の4‐2‐3‐1ではありません』
ボクがいつも羨ましいと思う軽快な口調で、スラスラっと言葉を紡ぎだす実況アナウンサー。
『本日は、3‐4‐3のフォーメーション。さらにスリートップの中央には、なんと新人の……』
カメラは、新人選手の足元のスパイクから、大きな太もも、引き締まった腰、そして大胸筋に覆われた胸へと移動する。
「ブハッ……!?」
「きゃあッ、冷たッ!?」
下から、奈央の悲鳴が聞こえた気がした。
「ちょっと、カーくん。汚いッ!!」
「ねえ、見て奈央……テレビ」
「ふェ? テレビが、どう……したの……よォ!?」
『倉崎 世叛! なんとここに来て、新人をセンターフォワードに据えて来ましたァ!』
32インチの薄型テレビには、昼間会ったジャージ姿の男が、名古屋リヴァイアサンズのユニホームを着て映っている。
「カ、カーくん……この人ってアレ……この前、堤防の土手で会った?」
「そうだよ。倉崎さんだよ、奈央!?」
倉崎さんの『職業』が明らかになった。
ボクの目はそれ以降、液晶テレビの向こう側のピッチに釘付けになる。
『末林さん。なんと彼はまだ、高校生のようですよ?』
『いやー、驚きましたねえ。まだ高校生の彼が、どんなプレイを見せてくれるか楽しみです』
いつも調子のいいコトを言っている解説の人も、予期してなかったみたいだ。
『ピィーーーーーーーーーーーーーーッ!!』
黒い服を着た審判によって、試合開始のホイッスルが鳴らされる。
両チームの応援旗が揺れるスタンドから、大きな歓声が上がった。
『おーっとォ! いきなり攻勢に出た、東京ギガンテスの左からのアーリークロスをカットしたのは、なんと新人の倉崎だ。センターバックのポジションに戻ってのこのプレイ、どう見ますか、末林さん?』
『そうですねえ、新人のフォワードがディフェンスに戻ってのインターセプト……ですが裏を返せば、まだ名古屋はこのフォーメーションに……』
「倉崎さんが展開する! 右のフリーの選手が見えてる!」
『ここで倉崎、中盤のポジションまで上がって、右サイドに展開したぁ!』
「スゴイ、もうパスコースに走りこんでる!」
『おっと、サイドの澤田、突破はできないと判断し、いったん倉崎にパスを返すゥ』
「逆サイドが空いてる! 倉崎さんなら!」
『そして、反対の左サイドに大きく展開! ロベルトの足元に、ピタリと納まったぁ!』
『いやはや、スゴイですねェ。彼は中盤の底の、指揮者(コンダクター)的役割も……』
「左のロベルトさんなら、センタリングを上げられる……」
『ロベルトォ、なんとこれを、ダイレクトで折り返す!』
『流石のテクニックですね』
「こ、これは……倉崎さんが中央に、走りこんでる!?」
『な、なんと、中央に走りこんでいだのは、倉崎ィ!!』
トラップしたら、マークに付かれる。
く、倉崎さんなら……これに合わせられるのか?
『倉崎、ボレーだ。この難しいセンタリングに、なんとボレーで合わせる!』
右足で合わせたボールは、綺麗にゴールの左隅のネットを揺らす。
『ゴオオオオォォォォーーーーーール! 決めたのは、倉崎。自らインターセプトし、自ら展開し、自らゴールを決めてしまったぁ!?』
『これは、もの凄い得点を目にしましたよ。こんなゴール、滅多に見れるものではありません。キーパーは、あのメオンですよ? 彼が一歩も動けないんですから、大した新人ですよォ!』
スゴイ……ホントにスゴイや、倉崎さん。
ボクは信じられない気持ちで、その光景を見ていた。
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