御剣 一馬
その日、『御剣 一馬』は、サッカー部の部室中央に立っていた。
「何だ、お前……さっきから突っ立って、一言も喋らないでよォ?」
年季の入った外の看板には、『曖経大名興高校サッカー部』と書かれている。
「オイオイ、口はついてんだろ?」
「何とか言いやがれってんだ!」
部室の奥の窓際に座った、いかつい顔の男たちが、端正な顔立ちの少年に睨みを利かした。
「少しばかり顔がいいからって、スカした態度とってんじゃねーぞ、コラァ!?」
「サラサラした髪が自慢か、なあ? 一年がナマイキなんだよ!」
先輩風を吹かせながら、言いがかりにも程がある態度で威圧を強める。
細い眉に、切れ長の目。
整ったマスクに、サラサラの髪。
御剣 一馬の風貌は、彼らがやっかむのも致し方なしと思えるくらいに、彼らとは対照的だった。
「先パイであるオレたち相手に、眉一つ動かさないとはいい度胸じゃねえか?」
「その右手に持ったモンは、入部届けだろ」
「出すのか出さねえのか、いい加減はっきりしろ!」
……それから、三十分が経過した。
「だあああッ!? だからなんで一言も喋らないんだよ!」
「何がしてーんだ、お前?」
「入部してーんなら、さっさとそれ出しやがれってんだ!」
するとサラサラ髪の一年生は、入部届けを持った方の手を高々と挙げる。
『ダアアアアァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!』
御剣一馬は『入部届け』を、汚い長机に叩きつけた。
一瞬、静まり返る部室。
「お……おま、どんだけ根性座ってんだ、コラァ!!?」
「無言を貫いた挙げ句が、これかぁッ!?」
それでも『御剣 一馬』は、表情一つ変えずに無言で立ち続けている。
「ワケわかんねーにも、程があるぜ!」
「もう、いいから出て行け」
「お前みたいなヘンなヤツ、絶対に入部させねーからな!」
いかつい顔の先輩たちは、ついに彼を強引に部室から追い出した。
……それから、1時間後。
御剣 一馬は、一人の女子高生と川沿いの土手を歩いていた。
「あ~~~、またやってしまったぁああぁッ!!?」
暖かくなり始めた日差しの下、真新しい制服に身を包んだ少年が叫ぶ。
「すべての勇気を振り絞って、入部届けを出しに行ったのにィ、また一言も喋れなかったぁ~~!!」
サラサラヘアーの頭を抱え、御剣一馬は蒼天の空を仰ぎ見た。
「しかも、緊張のあまり入部届けを……入部届けを、机に叩きつけちゃったあぁッ!?」
「カーくん、アンタねえ。人前に出ると緊張して喋れなくなるクセ、何とか治んないの?」
隣を歩く女子高生が、ハアッと溜め息を付く。
「ムリだよォ、奈央。ボクが極度の上り症なの、知ってるだろ?」
「そりゃ、幼馴染みだからね」
「ああ、先パイたちに、ダメでドジで、要らないヤツだと思われたァァ!」
落ち込む、端整な顔立ちの幼馴染みを見ながら、奈央は思った。
(カーくんの頭の中じゃ、未だに子供の頃のイジメられっ子のままなんだろうケド……アンタ、随分と背も伸びたし、カッコ良くなっちゃってるんだからね)
土手を歩く二人は、奈央とは違う制服を着た女子高生の集団とすれ違う。
途端に、顔が強張る一馬。
「ねえねえ、今のコ見たぁ?」「めっちゃイケメンじゃん?」「でも、彼女持ちィ?」
「大して可愛くなかったよね、彼女」「だね~、不釣合い!」
後ろから聞こえてくる女子トークを聞き流しながら、奈央は横目で一馬を見る。
「きっと先輩たちにも……イケメンでナマイキな一年だと思われたのよ……」
一馬の幼馴染みの女子高生は、小さく呟く。
「カーくん、外見はカッコよくなったケド……中身がねェ」
「ん、なんか言った?」
「アンタ、自分の学校のサッカー部に入れなかったんでしょ。ど~すんのよ?」
「や、やっぱ終ってるよね。ああ、プロのサッカー選手になるっていう、ボクの夢がああぁぁーーッ!!」
再び頭を抱え、天を仰ぐ一馬。
すると一人のジャージ姿の男が、土手をランニングしながら向こうからやって来た。
男はジャージのフードを深々と被り、顔はあまり見えない。
二人の横を通り過ぎるかと思われた男が、いきなり一馬の前にしゃがみ込んだ。
「……キミ、良い脚してるね」
男がフードを外すと、若い青年の顔が現れた。
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