漆黒の宇宙船
「ギリシャとトロイア……本来なら敵国同士の艦体が、共に轡(くつわ)を並べて仲良く航行ってか。洒落にならねえ光景だぜ」
「そんなにおかしいコトなのか、プリズナー? 呉越同舟って言葉もあるが」
「おかしいなんてモンじゃねえぜ。グリーク・インフレイムとトロイア・クラッシックって言やあ、会長同志が犬猿の仲でお互い一歩も譲歩しねえコトで有名だからな」
『二十一世紀で例えるなら、アメリカとロシア、あるいは中国が合同軍事演習をしているようなモノでしょうか?』
「そりゃ、無さそうだな。ところでベル、二つの艦隊の向かっている先は解るか?」
『一直線にこちらに向かってきております、艦長。いかがいたしましょうか?』
「な、なんだってェ!!?」
『両艦体とも、最短距離で近づいてきていますね」
「一体、なにが目的なんだ!? わかるか、ベル、プリズナー?」
『残念ながら、まだかなりの距離があり、電子戦を仕掛けられる状況ではございません』
「オレだって、艦隊戦なんざ専門外だ」
「やっぱ、この艦を敵と認識してるんじゃないのか、じいさん」
「でもでもォですよ、マケマケ。もしかしたら、話し合いって可能性も……」
「なに言ってるの、セノン」「相手はコンピューターだよ。その可能性は低いと思う」
「おじいちゃんは、どうおもいますかぁ?」
「そうだな、セノン。ボクも真央やヴァルナの意見が、正しいように思う」
「じゃあ決まりだな。暴走した無人艦隊なんざ相手にしてたら、命がいくつあっても足りねえぜ」
「そうだな、まずはみんなの安全が最優先だ。この宙域を離脱しよう」
『了解いたしました。MVSクロノ・カイロスの航行速度は、相手の二倍に相当します。行き先は、どちらにいたしますか?』
「やはり、火星に戻るのが最優先だ。セノンもクーリアも、真央たちも、ハルモニア女学院には友達もいるだろうし、親も家族もいるだろう。できるだけ早く返してあげたい」
『わかりました。では、その様に……』
「きゃああああ!!?」「うわあ、な……なんだッ!!?」
その時、船体が大きく揺れた。
「おい、ベルダンディ……一体、なにが起こってやがる!?」
フォログラムに怒りをぶつけるプリズナーに、彼の相棒の女性型『コンバット・バトルテクター』が答える。
「見て、プリズナー。空間が歪んで、真黒な艦がッ!!?」
艦橋の右前方の宇宙空間が、グニャリと渦を巻いた。
「オ、オイオイ。どうなってやがる!? ギリシャやトロイアの連中は、ワープ技術をも確立してやがったのか?」
そこから出現したのは、先端が四つに分かれた漆黒の巨大な艦だった。
『恐らく二つの勢力とは、無関係の艦と思われます。設計思想から技術的な部分まで、既存(きぞん)の両国の艦艇とはあまりにかけ離れています』
「ど、どう言うコト、おじいちゃん!?」「あの艦は一体、なんなんだ?」
「何もない宇宙空間から、いきなりあんな巨大な艦が飛び出てくるなんて……」
「しかも、こっちの進路を塞ぐように止まってるよ!?」
セノンも、真央も、ヴァルナも、ハウメアも完全に冷静さを完全に失っていた。
「答えは簡単だろうな」「え? どう言うコト……?」
ボクは目の前で繰り広げられる、SFアニメかスペースオペラのような光景に唖然としながらも、何故か頭の中はスッキリと落ち着いている。
「グリーク・インフレイムと、トロイア・クラッシック……二つの巨大企業の艦隊を、ジャックしたのがあの艦だろう。それに……」
ヤレヤレといった気分になって、艦長の偉そうな椅子にドカッと腰を下ろした。
「そうか……なるホドな」
ボクの顔を横目に見ながら、プリズナーは意図を理解する。
「二つの艦隊を乗っ取り、クーリアやそこのクソガキ共を拉致するように指示した親玉ってのが……」
「ああ、『時の魔女』……まったく、何者なんだか」
ボクは、突如として現れた宇宙船の漆黒の艦体に、火星の衛星の地下に埋まってしまった、『時澤 黒乃』の面影を重ねていた。
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