ライブの後の牛丼
暗闇にホコリが浮かぶスポットライトが、ステージの少女を照らし出した。
朱色の革ジャンに白いシャツ、赤いチェックのスカート姿に着替えていた少女は、カニ爪ギターを『ギャオン』と鳴らす。
「今回は、新曲ひっ下げてきたでェ。茹で立ての熱々や!」
可児津 姫杏は、自分がカニ属性のキャラなのをフル活用していた。
「『カニの杏かけスパゲティー』。アンかけの杏は、姫杏のあんずやで!」
真っ赤なツインテールの少女は、振り返ってバンドのメンバーを見る。
「ワン・ツー・スリー・フォー!!」
いきなりドラムが、激しく鳴り響く。
キアのギターも後を追いかけ、リズムギターとベースも演奏を開始する。
「全員女の子のガールズ・バンドか。みんな、キアと同じ赤い髪なんだな」
「実は全員、キャンさんの妹さんなんですよ」
「ドラムのコが、中学二年の詩杏ちゃんで、リズムギターとベースのコが、双子の実杏ちゃんと理杏ちゃんです」
「二人はまだ小学六年なんですよ」
ライブ演奏のさなかでも、バンド愛を語り聞かせてくれる、卯月さん、花月さん、由利さん。
「でもバラードかあ……なんか意外だな。歌も、ハイトーンのオペラ歌手みたいだし」
キアの大阪弁から受けるイメージとは、かけ離れたゴシックな曲調だった。
すると、ワンパートを終えた時点で、曲がゆっくりと中断される。
「アレ……もう終わりか?」
そう思った瞬間だった。
「チョッキン・ナーーーーーーーッ!!」
それまでとは正反対の、ドスの効いた声で叫ぶキア。
高らかに挙げられた右手は、ピースサインではなくカニのハサミのごとくチョキチョキしていた。
「ワアアアアァァーーーーーーッ!!」
会場の空気が、とつぜん熱を帯びる。
シアが打ち鳴らすドラムも、壊れないかと思うホドに激しさを増し、双子が作り出すリズムもアップテンポに変化した。
「セイヴィングッ!! セイヴィングッ!! セイヴィングッ!!」
となりの三人の女子高生も、右手を突き上げハサミを作って声援を送る。
「なるホド。歌詞は、猿カニ合戦のカニ視点なのか。セイヴィングって、貯金って意味だから、貯金とチョッキンをかけて……」
リアリストなカニが、財を蓄えて猿に復讐する話にアレンジされていた。
「もう、なに無粋なコト言ってるんですか!?」
「先生も、手を挙げて……ホラ!」
「チョッキン、チョキチョキ、チョキン・ナーーーーッ!!」
「ちょっきん、ちょきちょき……」
若干キャラが変わっている三人に命令されて、ボクも拳をチョキチョキする。
みずぼらしいビルの地下にある、小さなライブ会場は最高潮に盛り上がって終わった。
「ふえ~、それにしてもスゴイ盛り上がりだったな」
今朝まで熱を出していたボクは、牛丼屋のテーブルの上におでこをつけて頭を冷やす。
「キャンさんたちのバンドは、インディーズの中でも観客動員がスゴイんですよ!」
「ネットでの楽曲販売も、いつも上位にランクインしてますしね」
「今日の新曲も、絶対に人気出ますよ、キャンさん!」
まるで自分のコトのように、チョッキン・ナーを自慢する卯月さん花月さん、由利さん。
「せやろか? ウチも、こっちに来てから金巡りが悪うてな。どうにか売れてもらわんと、困ってまうんやわ」
キアの真っ赤な髪は、すでに元の焦げ茶色に戻っていた。
「でも姉さんの先生。わたしたちまでご馳走になってしまって、よかったんですか?」
さっきまでドラムを叩いていた、シアが申し訳なさそうな顔をしている。
彼女は姉のキアよりも若干小柄で、大人しそうな少女だった。
「なんや、シア。ウチでは大阪弁のクセに、標準語なんか喋りくさってててて!」
「うるさいですよ、お姉ちゃん」
妹に、頬っぺたを引っ張られているキア。
「アハハ、いいんだよ。むしろ、社会人なのに牛丼くらいしかおごれなくて、ゴメンな」
まるで自分から率先しておごったみたいだが、パンツを見てしまったお詫びに、キアや卯月さんたちに強制的におごらされているのだ。
「でも、牛丼おいしいよね」「これからライブのあとは、牛丼にしよ!」
言葉通り、おいしそうに牛丼を頬張る、双子の小学生たち。
「そりゃアカンわ。ウチの家計は今、火の車やさかいな」
ツインテールの少女は、顔を曇らせながら言った。
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