ライブハウス
「先生……見ちゃいましたぁ?」
柔和な笑顔とは裏腹に、なにやらドス黒いオーラを纏っている卯月さん。
「み、見てない! 一瞬だったからな。アハハハ……」
「ホントですかあ? ウソついてません?」
「そんなコト言って、ホントは見たんじゃ?」
「や、やだな。そんなワケ無いじゃないか」
花月さんと由利さんにも突っ込まれ、思わず目が泳いでしまう。
「そんじゃ先生、ここにおるみんなの下着の種類と色、言ってみてみィ?」
真っ赤に茹であがったツインテールの女の子が、階段の上から問いかける。
「えっと確か、卯月さんが白と薄いグレーの縞々で、花月さんがピンクに白のフリル、由利さんがメロン色のレース、キアが純白の子供っぽいパンツに、ヘンなキャラがお尻にプリントされた……あッ!」
『時すでに遅し』ということわざが、脳裏に浮かんだ。
「なにが『あ!』やねん。めちゃめちゃバッチリ見とるやんけ!」
教室では口数も少なく、大人しくボクの授業を受けていた女の子が、すごい剣幕で怒っている。
「よ~もそんなんで、見とらん言えたなあ。ほんまスケベな先生やで!」
関西弁の言葉だけでなく、キアの両脇の赤い髪の毛も激しく揺れて、しっかりと怒りをアピールする。
「あ、でもキャンさん。そろそろライブの時間なんじゃ?」
卯月さんに指摘されて、慌てて左手の内側の時計を覗き込むキア。
「ホンマやぁッ! 急がんとアカン。それもこれも、先生がけったいな教室始めるからやで。おかげでこっちは、午前中しかライブ入れれんようになってもうたんや!」
「え? でも、土日は教室も休みだから……」
そう返した言葉の先には、赤い髪の少女はすでに居なかった。
ギターケースであろう大きな荷物を抱え、何度も転びそうになりながら駆けていく。
「キャンさんのバンド、まだ駆け出しだから土日は高くて借りられないんです」
「そうなんだ。なんて名前のバンド?」
「『チョッキン・ナー』です」
「へ? ちょっきん……これはまた、かなり個性的な名前のバンドだな」
「先生もライブ見れば、キャンさんの面白さがわかりますよ」
ボクたちは、キアの駆けて行った方向に歩き出すと、すぐに古びた雑居ビルの地下へと続く階段が目に入った。
「マイナーなライブハウスって地下にあるイメージだったケド、まさにその通りの場所だな。これじゃ、大雨とか降ったら浸水しちゃうんじゃ……」
「おかしな心配してないで、さっさと入ってください!」
三人の女子高生にせかされて、少しカビ臭い階段を降りると、扉の向こうから音が漏れ聞こえる。
「このドアを開けると、爆音が……」
予想していた通り、すべての言葉がかき消される。
スマホをかざして中に入ると、髪をオレンジに染めた長身の男性ボーカルが、ステージの上で激しく頭を振っていた。
隣で、卯月さんたちが何かを必死にアピールしていたが、激しい音に邪魔されて全然聞こえない。
恐らく、キアのバンドのコトだと思われるので、テキトーに相槌を入れる。
今さらだが、赤いツインテールの彼女の名前は、可児津 姫杏(かにつ きあ)。
姫にあんずと書いてキアと読むのだが、キアンからキャンになったのだろうと推測する。
「お、いよいよキアのバンドが出てくるのか?」
前のバンドの演奏が終わると、自分の声のボリューム調整が上手くいかず、ついつい大声を出してしまう。
するとステージ横から、キアとバンドのメンバーたちが駆け出してきた。
キアのギターは、有名なカニ料理専門店の巨大な動く看板みたいに、リアルに美味しそうに装飾されている。
「ハイ、どうも~。キャンでぇす! 今日は、小汚いライブハウスに足を運んでくれて、ホンマありがとな~」
彼女はしょっぱなから、ライブハウスの笑いを取っていた。
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