可児津 姫杏
最初は熱でフラついていたが、ドラッグストアで風邪薬を買って炭酸水で流し込むと、気分も幾分か良くなり腹も空いてくる。
「あ、お腹が鳴りましたね。先生も朝はまだなんでしょ?」
「気分が悪くて、食べる気にならなかったからね」
「じゃあ、ハンバーガーでいいですか? ここ、スマフォクーポンが使えるんですよ」
「ああ、ぜんぜん構わないよ」
まだ次にアパートも決まっていない現状では、ハンバーガーショップのお値打ちなモーニングセットは、むしろ有難かった。
ボクがさっそくハンバーガーを頬張っていると、女子高生たちはよくありそうな限定メニューのハンバーガーを、スマホで撮影してSNSにアップしている。
正直に言えばボクは、一度見た単語や文章などは、覚えようと思えば一瞬で覚えてしまうのだが、ことコンピューターやSNSに関しては致命的に覚えられなかった。
スマホも、同じメーカーのシリーズを使い続けている。
ちなみにだが、SNSがソーシャル・ネットワークサービスの略語であることも覚えているし、動画のストリーミング配信の仕組みなんかも知っている。
ようは、スマホのどのボタンを押せばどうなって、どこをクリックすればどのページに飛ぶのかも解からず、使いこなせないでいるのだ。
「ところで気になったんだケド、ライブのチケットは持ってきてるよね?」
卯月さん、花月さん、由利さんの三人の女子高生は、カバンやバッグの類を一切持っておらず、少し不安になって聞いてしまった。
「え? 今どき、これですよ」自分のスマホを振る、卯月さん。
「もしかして先生、電子チケット知らないんですかぁ?」
「先生のもさっき、送っておきましたよ。サイトで登録、まだとか?」
まだも何も、やり方が解らない。
こうなってしまうとボクに、『恥を忍んで聞く』以外の選択肢は残されていなかった。
「先生、ウチのお父さんでももっとSNS、使いこなしてますよ?」
「ネットで登録するだけが、どうしてあれだけ理解できないんですか?」
「面目ない……」ボクはこうやって、劣等生の気持ちを理解している。
地下鉄の中でも散々に言われた。
改札を出た先の階段を、女子高生の後ろに付いてトボトボと歩いていると、後ろから誰かがぶつかった。
「おっと!? ゴメンやで、あんちゃん」
クルクルとした真っ赤なツインテールが、慌ただしくボクの目の前に出て舞い踊る。
「ウチは今、ちーとばかし急いどるん……やって、アレ?」
顔を上げると、階段を昇る三人の女子高生の後ろに、茹で蟹のような色のツインテールの少女がいた。
「あれ、キミは……?」
その時、駅に地下鉄の車両が入ってきたのか改札の方から風が吹き、少女たちのあまり長くないスカートを舞わせる。
「いやあああ!?」「きゃああ!!」「うわあああ!!?」
可愛らしい悲鳴をあげ、スカートを抑えつける卯月さん、花月さん、由利さん。
「先生、なに見とんねや! エッチィ!?」
真っ赤な髪の少女は、ボクのみぞおちに左ストレートを叩き込んだ。
「ぐはッ!?」腹に激痛が走り、呼吸が止まる。
ボクは、その場にうずくまった。
「あ、あなた、キャンさんじゃないですか!?」
卯月さんが大きな声を出す。
「ホントだぁ。あたしたちこれから、キャンさんのライブに行こくところなんですよ」
「間近で会えて、光栄です。あれ……でも今、先生を先生って?」
由利さんが、首をかしげている。
「可児津 姫杏(かにつ きあ)。彼女はボクの生徒……なんだ」
教室では、普通の黒髪ツインテールだった少女は、ボクの教え子だった。
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