プート・サタナティス
自らを、『サタナトス・ハーデンブラッド』と名乗った少年は、背中に携えられた一本の剣を抜く。
「これは、ボクの剣……『プート・サタナティス』さ。どうだい、美しいだろう?」
剣は妖しい気に包まれ、金色の刃はしっとり濡れているかの様な光を放っていた。
「戦ろうって言うのか? ……だったら!」
舞人も、背中の『ガラクタ剣』を抜く。
「冒険者風情が面白い反応をするねえ? でもボクは、キミなんかの相手はしないよ」
「……どう言うコトだ?」「キミの相手は、ボクじゃないってコトさ」
「そうか、配下でも、召喚する気だな!?」
舞人がサタナトスに向かって身構えていると、背後のルーシェリアが言った。
「おい、ご主人サマよ。その者の申す意味が、少しずつ解りかけて来たぞ!」
舞人は、背後を振り返ると『驚くべき光景』が待っていた。
「……なッ!? これは一体、何なんだ!!?」
そこには、瀕死の傷を負っていたハズの『シャロリューク・シュタインベルグ』が、ふら付きながらも立っている。
「……ガア……アア……グアッ!!?」
けれども瞳は真っ赤に染まり、口元からは牙が伸び『野獣のような咆哮』を上げた。
「シャロリュークさん……どうしたんですかぁ!? なにがあったんです!?」
「無駄じゃ! どうやら理性など、とうに無くしておるようじゃ」
「ルーシェリア、危ない!?」「……なッ!? きゃああああーーーーー!!!」
少年の言葉など全く耳に届いていない『赤毛の英雄』は、ルーシェリアに突進して跳ね飛ばすと、今度は舞人を目掛けて猛進する。
「ぐゥおおおおォォーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
蒼髪の少年は、渾身の力を振り絞って『ガラクタ剣』で受け止める。
「なに? まさか、『赤毛の英雄』の一撃を耐えるとは……キミ、意外にやるねえ?」
サタナトスは空に浮かびながら、余裕の表情で舞人を観察した。
「……お前は、シャロリュークさんに何をした!? どうしてシャロリュークさんが、こんな姿に!!?」
彼が憧れた赤毛の英雄は、獰猛な魔物のように理性も無く、ただひたすら彼を殺そうと襲い掛かる。
「それは少し違うかなあ? まだまだ、これからなんだよ。本当に『変化』するのは……ね」
「……なッ、何を言って……!?」
サタナトスの不気味さに、戦慄を覚える舞人。
「言っただろう? ボクの実験は、まだ終って無いって……さ?」
天使のように微笑む金髪の少年の言葉通り、舞人の目の前のシャロリュークの体は、筋肉が隆起し腕や上半身の服や鎧が弾け飛ぶ。
「うあああああーーーーーーーーーッ!!?」
その剛腕によって、弾き飛ばされる舞人。
赤毛の英雄は、なおも変化を続け巨大化し、全身が真っ赤な体毛に覆われる。
先刻まで、世界の人々から赤毛の英雄として賞賛され、憧れられ、救いを求められた英雄は、頭から歪(いびつ)に捻じ曲がった二本の黒い角を生やし、背中に巨大な蝙蝠の羽を広げ、龍の如き尻尾をも生やした。
「……ど……どう言うこと……じゃ。此れ……は!!?」
「ルーシェリア……無事か!?」
舞人は、川に飛ばされビショ濡れになった、少女の元へと駆け寄る。
「何とか……のォ。じゃが、此奴(きゃつ)はすでに……『赤毛の英雄』などでは無いのじゃ」
「そ……そんな!!?」
それは因幡 舞人にとって、最も受け入れがたい現実だった。
「ああ、そうだよ。コイツはもう、『英雄』でも無ければ、『人間』でも無いのさ」
金髪の少年は、巨大な紅い怪物の前に浮遊しながら、二人に語りかける。
「『魔王』なのさ……コイツはね。 これがボクの剣『プート・サタナティス』の能力だよ!!」
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