千乃 美夜美(みやび)
渡辺は、木漏れ日の中で目を覚ました。
「……アレ……ここは?」
まだ目もよく見えず、視界もボンヤリしている。
「ど……どうしてボクは……? ボクは……生きているのか……それとも……」
交通事故に遭って、倒れて来た電柱の下敷きとなった記憶が蘇る。
体はまだ自由に動かないが、顔は何とか動かせた。
「アレ……なんか、枕が妙に……柔らかくて温かいな? それに何だか……優しい匂いがする……」
渡辺は後頭部に感じる、柔らかな感覚に気を留めた。
「……ふふ。フーミンは、相変わらず甘えん坊さんだね?」
聞き覚えのある声に渡辺は、霞む目を大きく見開く。
「……美夜美……先……パイ?」
段々と、ぼやけた視界がはっきりして来ると、なつかしい少女の姿が浮かんだ。
「ごめんなさい。あなたを、こんな危険な目に遭わせてしまって……」
けれども少女は、浮かない顔をしている。
「……先パイ……なんですか!? ホントに……千乃 美夜美……先パイ?」
少女は膝に乗せている渡辺の鼻筋を、人差し指で悪戯っぽく撫でる。
「そうよ……久しぶりだね。一年ぶり、くらいかしら?」
憧れの先パイは、懐かしい笑顔で笑った。
「……ボクは、死んだんですか? ここは……天国?」
「どう見えるかしら、フーミン?」
「そうだな、少なくとも地獄には……見えない」
「アハハハ……♪ 大丈夫だよ~フーミンは生きてる!」
千乃 美夜美は、ホワホワした笑顔で笑った。
「だってわたしが、助けたんだモン♪」
「先輩が……オレを? ……先輩は一体……?」
渡辺は、絹絵や千乃 玉忌の異変から、何となく気付いていた。
(先輩に化けた『千乃 玉忌』……苗字の一致……もしかして先輩は……?)
「仕方ない……正体をバラしますか?」
千乃 美夜美は、遠くの空を見上げる。
「そのままでいいからフーミン、『わたしのお尻の辺り』を触ってみて?」
憧れの先パイは、いきなりとんでも無いコトを言い出した。
「……へ? お尻……? エエエエェェェェェーーーーーーーッ!!?」
「だから……お尻じゃなくて、お尻の辺り! もう、エッチッ!」
先パイは、顔を真っ赤にした。
「……で、では、遠慮無く……」
渡辺は膝枕をされたまま、千乃 美夜美の『お尻の辺り』に手を伸ばす。
「え? モフモフしてる? こ、これって……やっぱりシッポ!?」
渡辺の手は、先輩のお尻に行き着く前に、モフモフしたシッポに触れていた。
「実はわたしは、キツネッ娘でしたコン♪ ……なんちゃって」
少女は、はにかんだ笑顔で答える。
「なんですか、それ……カワイイから許されるレベルですよ、先パイ」
渡辺は、上半身を起こした。
そんな彼の、メガネの向こう側から、熱い涙がこぼれ落ちる。
「やっと……やっと遭えた……美夜美……先パイ!?」
渡辺は、千乃 美夜美の前で泣いた。
「フーミン、まだ茶道部を続けてくれていたんだね?」
「だって、あんなままじゃ、終われないでしょう? それに今は、大変なコトになってるんです」
渡辺は、今までの経緯を千乃 美夜美に説明しようとする。
「大丈夫よ。フーミンがやろうとしてるコトは、わかってる」
千乃 美夜美は立ち上がった。
「わたしも、お母さまとの決着を、付けなきゃならない時みたい」
「それってやっぱり……『千乃 玉忌』のコトですか?」
渡辺 文貴は、頭に尖った耳を生やし、お尻にフワフワのシッポを生やした先パイの背中に向かって聞く。
「ええ……そうよ」
千乃 美夜美は、僅かに頷いた。
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