正義の剣
ボクは、弱気になっていた。
「さて……どうしたものか」
ボクの生徒たちは、ボクをアポイントメンターとしてしか認めてないのだ。
彼女たちは、完璧なユークリッド動画での授業を望み、ボクの稚拙な授業など必要としていない。
「ボクは……ボクの授業をする。これはボクのエゴに他ならない。さて、こんなボクをキミたちはどう思う?」
ボクは、生徒たちに問いかけた。
「甚(はなは)だ、迷惑に他なりません」
予想していた通り、最初にボクに正義の剣先を向けたのは、新兎 礼唖だった。
「確かに昔の先生は、自分の授業がいくら出来が悪くとも、それをエゴイスティックに進めるコトができました。他に選択肢と言えば、塾くらいのものだったハズ。ですが、世界は変わったのです」
「だがな、ライア。先生の役割って、本当に見る動画の指示だけだと思うか?」
「いいえ、思いません。むしろ、その役割すら必要ありません。今は、教育委員会に気を使って、残されてるに過ぎませんから」
「いずれAIに、取って変わられる……か?」
「いいえ、今すぐにでも変えれると言っているのですよ」
ライアの意見は、常に正しかった。
「なあ、さっきから聞いてりゃ、好き勝手言いやがって!」
声を荒げたのは、王洲 玲遠だった。
「ウチの親父は、お前が言うしがない教師さ。教民法であっさり無職になりやがったがよ」
「それは、お気の毒に。ですが、無能が淘汰されるのが、資本主義社会です」
ライアは、冷たい視線をレノンに向ける。
「ああ、淘汰されたよ。元々、性格に難アリの欠点も多い親父だったからな。でも、教師をやってた頃はまだ、ウザイくらいに自信に溢れていた。それが、教師をクビになった途端、家族に暴力を振るいまくる、ビクついた親父に変貌したんだ!」
「それが、なにか? 教師に限らず、どの会社であろうと無能な社員は、リストラの対象になるハズです。教師も、教民法によって公務員ではなくなり、リストラが可能となったに過ぎません」
「簡単に言うけどさ。ウチの親父がリストラされて、ウチの家族全員が悲惨な目に遭ったんだ。なんで、そんな簡単なコトも解らないんだ。お前も、世間の大人どももよ!」
声を荒げる、レノン。
「リストラされれば、さっさと次の職を見つけるべきでしょう? むしろ、教民法以前の、国家公務員として守られていた頃の方が、異常なのです。新米教師や老害教師の劣った授業によって、未来を閉ざされる生徒がいたのは、どうお考えですか、先生?」
ライアは質問に対する答えを、ボクに求めた。
「そうだな……正義ってのは、それぞれにある。例えば教民法一つで、日本の常識は百八十度変わってしまったんだ、ライア」
「ですから現行の法律上では、教師は公務員ではなくなり、リストラの対象になり得るのです」
「それは、法律だけで判断しているに過ぎない。実際に、レノンやレノンの家族のように、教師をリストラされて苦しんでる人間は大勢いる。それが、正義か?」
「日本は法治国家なのですよ? 法が正義でなくて、何が正義だと言うのです!」
「法は、人々が互いのいざこざを、治めるためにあるに過ぎない。それ自体が正義だというコトは、無いんだ。もし法に対し、何の疑問も持たなくなったら、それは独善に他ならない」
「法が……独善ですって!?」
新兎 礼唖の顔が、怒りに満ちて行く。
宝石に彩られた、美しいピンク色の髪とは不釣り合いの表情だった。
「法律も、規則も、ドローンや核なんかの技術も、それ自体に善悪は無いとボクは思ってる。善にも悪にもしてしまうのは、人間なんだ」
ボクの生徒たちは、ボクの意見を黙って聞いてた。
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