消え行く職業
ボクは教壇に立ち、教科書を開き授業を開始する。
「ねえ、先生。はやくどの動画を見るか、指示してよ」
レノンが言った。
「今日は、何の教科の授業をするのですか?」
ライアもボクに、質問する。
教壇の前に並べられた机には、タブレット端末が置かれ、ボクの生徒の少女たちの耳には、イヤフォンがはめられていた。
「そうなるよな。キミたちにとて、学校ってのは動画を見て授業を受ける場所。先生ってのは、どの動画を見るか指示するだけの存在なんだから」
「何を当たり前のコトを、言っているのです」
「まさか昔の時代みたいに、先生が授業するってのかよ?」
「そのつもりだ、ライア、レノン。ボクの授業は、ボクが授業を行う。動画はできる限り、使わない方向で行こうと思うんだ」
すると小さな教室に、ざわめきが広がった。
「先生は、動画よりも完璧な授業が、できると仰るのですか?」
「流石にユークリッドの動画ほど、完璧には行かないだろうな、ライア」
「だったら、動画を見て授業を行った方が、効率的です」
ピンク色の髪を宝石で飾った少女は、ピシャリと言った。
「効率って言うんなら確かにそうかもな。でも、たまには人生、寄り道をするのも大切だと思うんだ。学校ってのは、なにも勉強だけするところじゃないぞ」
「教民法に反対していた、古い時代の教師が言っていた台詞ですね」
新兎 礼唖(あらと らいあ)は、正義の論理を振りかざす。
「学校は友達を作る場、先生はその為に必要……ですが授業中に先生と交流して、何の意味があるのです。自分の教科すら、ちゃんと教えるスキルも無いゴミに?」
「それは、先生によりけりだろう。ライア」
「その台詞が許されるのは、わたしたちが先生を選べる場合に限ってです。教えるスキルの低い先生に当たった場合、強制的に一年間スキルの低い先生の元で、授業をする羽目になるのですよ?」
「確かに、ライアの言う通りだぜ。一人の先生が教えるのが下手なせいで、クラスの生徒全員が苦労するんだぜ? それはねーわ」
ライオンのような、金髪少女が言った。
「まあ、現役の生徒目線じゃ、そうなのかもな。だけど先生って存在が、必要な場合もあるだろう?」
ボクは、ユークリッドによる動画教育を受けてきた生徒たちに、聞いてみた。
「え、自意識過剰じゃね?」「いらない……かな?」
否定的な意見を述べる、レノンとアリス。
「大体、放課になったらさっさと職員室に引き籠る教師に、なんの価値があるというのです?」
ライアの言葉は論理的で、正確に過去の教育の弱点を突いていた。
「ライアやキミたちの世代だと、小学校くらいまでは昔の教育だった?」
「そうです。それが小学校までで終了して、心の底から良かったと思ってます」
すると、他の生徒が声を上げる。
「確かに昔なら、先生は必要であったと思います。ですが今はネット環境や、動画を再生する環境が整ってます。インフラが整った時代に、大した能力も無い先生に、あえて授業をさせる必要は無いと思います」
八木沼 芽理依(やぎぬま めりい)が、言った。
彼女は、白い肌にアイボリー色のショートヘアをしている。
「国語や英語ら5教科を中心に、小学校から大学4年までの授業を、ユークリッドの優秀な講師が、解りやすく教えてくれる動画があるんです。どうして無能な先生の授業を、受ける必要があるのですか?」
彼女の言葉に、時代の変遷を感じずには居られなかった。
かつて、車の登場で馬車の御者たちが職を失ったように、自動改札の登場で駅の改札から捥ぎりの駅員が消えたように……。
「教師なんて職業も……消え行く職業なのかも知れないな……」
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