天空教室
瀬堂 癒魅亜は、マンションの自室の玄関に向かって歩き出す。
「一応言っておくケド、自分の生活力を考えて行動した方がいいと思うぞ、ユミア」
ボクは、一人じゃロクにタクシーや電車にさえ乗れない女子高生に、忠告してみた。
「余計なお世話です、先生。一人で部屋を借りるコトくらい……」
「できるのか? 敷金や礼金ってどうするんだ? 保証人は誰が?」
「う、うるさい! そんなの、お金さえあれば……」
「まあ、敷金や礼金無しなアパートもあるからな。保証人もキミの場合、いらないかも知れない。さすがに、銀行のATMの使い方が解らないなんてコトは……」
そう言った途端、瀬堂 癒魅亜は、玄関から戻ってきた。
「おいおい、マジかよ? お前どんだけ、お姫様なんだ!?」
レノンがドン引きしている。
「うっさい! そ、そんなの、一度やれば覚えるわよ……偉そうに!」
「『うるさい』……というのは、否定ではなく肯定だというのはご存じかしら?」
ピンク色の髪を宝石で飾った少女が、指摘する。
「『その通りだケド、そのコトには触れるな』……というのが、うるさいの意味」
彼女は名を、新斗 礼啞(あらと らいあ)と言った。
「つまり、うるさいとは無意識の肯定なのです。おわかりいただけたかしら?」
「エーエー。丁寧な高説、十分に理解させていただきましたわ」
必要以上に丁寧な言葉で返す、ユミア。
「やれやれ、随分と個性的なコたちが集まったな」
憧れの熱血教師の苦労も、少しは理解できた気がした。
「それで先生は、この問題をどう解決するのですか?」
新斗 礼啞が、問いかけてきた。
「そうだなあ、ライア。まずは授業をしてみよう。お互いにどんな性格かも解らないんじゃ、問題の解決はできそうにないからね」
ボクは、ユミアをチラリと見た。
「社長が教室として用意したのは、スタジオの反対側のドアよ。元々は機材置き場だったんだケド、それは業者を手配して搬送して置いたわ」
「ユミア、お前……家を離れないでできるコトは、そこまでやれるんだな」
思わず、関心してしまうボク。
「うるさ……まあ、いいわ。それより、あなたの教室よ。見てみたら?」
「そうだな。ボクの教室ってのは、どんなだ?」
ドアノブにかける手が、僅かに緊張していた。
「これがボクの……教室!?」
そこは超高層タワーマンションの最上階であり、巨大な窓の眼下には、セレブなマンションが規律正しく並んでいる。
「超高層マンションのてっぺんの教室……差し詰め、『天空教室』だな」
ボクの口が、窓の向こうの景色を見ながら、勝手に呟く。
「なんだよ、先生。そのダセー、ネーミングセンスは!?」
「う……うるさいなあ、レノン……あ、これも肯定か?」
「そうなりますね、先生」「ウフフ、先生おもしろ~い」
ボクの生徒は、あっさりボクを、先生と呼んでくれた。
「それにしてもスゲェぜ。セレブにもほどがあんだろ!?」「こ、こんな教室、見たコトないよ!」
窓の反対側には、白板やデジタルディスプレイが置かれ、床は白と黒の大理石のパネルが交互に並べられていた。
「教壇も、机も、見たコト無いくらいお洒落っていうか、デザインが半端無いっていうか?」
「ど、どうかしら? 気に入って貰えたかしら?」
ユミアは何故か、それを気にしている様子だった。
「こ、この教団や机や椅子を選んだのって……キミなのか?」
「ええ。ネットの通販で、デザイナーズブランドのモノを、注文しておいたのよ」
ソッポを向き、顔を赤らめるユミア。
「ありがとう、ユミア。キミはボクや、顔も知らないクラスメイトのために選んでくれていたんだね」
「か、勘違いしないでよ。別に、そんなんじゃ……」
「照れるなよ、ユミア。今日からアタシら、クラスメイトだからな」
「クラス……メイト。そ、そうね……」
レノンの言葉に、微かにほほ笑む瀬堂 癒魅亜。
「それじゃあ、さっそく授業を始めよう!」
ボクは、久慈樹 瑞葉社長から突き付けられた難題も、彼女たちが居ればなんとかなると思った。
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