ノルニール・スカラ
「ボクが艦長を引き受ければ、質問に答えてくれるんだな?」
『はい……ただし、わたしが知り得る情報に限ります』
カプセルの中の誰かは、煙に巻くように答えた。
「まず、ボクを艦長にする理由はなんだ? 自慢じゃないがボクは、千年前はただの引き籠りだったんだ。宇宙船の艦長なんて重役、できるワケがない!」
ボクはまず、正論をぶつけてみた。
『ご心配にはお及びません。わたしを始めとしたスタッフが、しっかりと艦長をサポートいたします』
「キミのほかにも、スタッフがいるのか……」
カプセルの中の誰かは、答えなかった。
「ロフトに偉そうに据えられている、背もたれの高い椅子は、艦長の椅子みたいだな?」
『はい、艦長に就任いただければ、座る権限がございます』
「ロフトの一段下にある三つの椅子は、主要なスタッフのモノかな? 最下層にたくさん並んだ椅子は、アニメじゃ管制制御のオペレーターの女の子たちが、わいわいやっている感じだけど……」
『おおむね、間違った解釈ではありませんね』
「でも、管制スタッフの椅子の数は、六十脚は無いように見えるが?」
『はい、ウィッチ・レイダーの彼女たちは、戦闘スタッフですから』
「この艦橋の空いた椅子に座るべきスタッフは、コイツらじゃなく別にいるのか?」
『それも、艦長権限となります。誰をスタッフとして加え、誰を排除するかは宇宙斗様が艦長になれば自由に行うことができるのです』
「スタッフまで、艦長の権限で決められるのか? 民主的じゃないな」
『はい。軍隊の多くは、その内部統帥機構をトップダウンにしております』
言われてみれば、そうだ。
「確かに、軍事組織ってのは独裁だよな。たとえ民主国家の軍隊であっても……」
『なにも軍隊に限ったことではありません。資本主義で生まれた株式会社の多くも、内部機構は独裁でしょう? 社長や会長を、従業員の投票で決める会社であれば別ですが」
ボクは、なる程と思った。
「民主主義のなかの会社の殆どは、内部組織はいわば独裁なんだな……」
二十一世紀の感覚で、軽く言ってしまう。
『いかがでしょうか? 群雲 宇宙斗様……艦長を、お引き受けになりますか?』
そう問われて、ボクは黒乃との思い出を振り返る。
(黒乃……キミはボクを、未来へと導いてくれた。でもキミは、未来へ来ることは叶わず、キミの肉体はフォボスの奥底で失われてしまった……)
艦橋の全面に見える、巨大な惑星を見ながら思った。
(ボクは、あの時誓った……キミの見たかった未来を見る。知りたかった知識を知るって!)
ボクの心は、既に決まっていた。
「ああ、ボクは艦長になるよ。例えそれが、独裁者になるコトであろうと……ね」
『承認いたしました。これより、群雲 宇宙斗様を我が艦の艦長とします』
たったそれだけの宣言で、ボクは巨大宇宙船の艦長となってしまった。
「それじゃあまず、キミの名前から決めていいか?」
『艦長に逆らう権限は、わたしにはありません』
「いきなり独裁者みたいだな。じゃあ、キミは『ノルニール・スカラ』でどうだろうか?」
『ノルニル……北欧神話における、運命の女神の名の複数形ですね。スカラはスカラベ……エジプト神話の太陽のシンボルでしょうか?』
「そこまで言い当てられると……もう少し、考えた方がいいのかな?」
『いえ。よくわたしを、言い現わした名前だと思います』
文脈通りにとれば、気に入ってくれたみたいだ。
「さて……ノルニール。この舟の目的を教えてくれ」
『舟の目的は、艦長によって決定されます。我々は、宇宙斗艦長の指示に従うのみです』
「どんな指示にも従う……と?」
『はい。宇宙斗様が死ねと命令されるのであれば、我々は全員そう致します』
ノルニールの声は、一切の躊躇なく言ったが、娘たちは振るえていた。
「パ、パパ……!?」「そんな命令、しないよね!?」「ね? ね!?」
ボクの足元に、うっとおしく纏わりついてくる、図々しい娘たち。
ボクは、最初の命令を決める。
「まず、最初の命令だ。お前たちは、何があってもボクより先に死ぬな。今後ボクが出す、どんな命令よりも優先される」
本当かは解らないが、彼女たちはボクの娘らしい。
「パパ!!」「わああい!」「やっぱ、あたしたちのパパだあ!!」
彼女たちの肌の温もりを、ボクは既に知ってしまった。
「パパ、大好き!」「これから、頑張っちゃうモンね!」
「ボクは……どんな独裁者になって行くのか……見守っていてくれ、黒乃」
宇宙の星空に浮かぶ木星は、何も答えずボクを見つめていた。
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