ラノベブログDA王

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この世界から先生は要らなくなりました。   第02章・第07話

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教師への道

「あの……あなたはもしかして……」
 ボクは、エレベーターの中で背中を向ける、枝形さんに問いかけた。

「……兄ちゃんの想像どおりだろうな。オレは中学校で、歴史を教えていた。それが教民法のおかげで、一変しちまってよォ。多くの同僚や先輩の先生が、職を失うのを目にしてきたのさ」

 少し曲がった背中は、寂しそうに夜の街を眺める。
「かく言うオレは、運よくユークリッドに拾ってもらえて、今は天職にありついているが、それがいつまで続くかはオレ自身にも解らねえ」

「人間の歴史って……安定とは対極にあるんですね……」
「歴史を知れば知るほど、そう感じるね。今正しいとされる価値観だって、たった数年で逆転してるコトだってあり得るのさ」

 男の言葉には、長年の人生経験からくるであろう、含蓄(がんちく)があった。
「ま、歴史の教師なんてのは、政府や行政にとっても厄介な代物でね。そうじゃ無いヤツもいるが、そんな輩は歴史を受験の素材くらいにしか、 考えてはおらんのだろうよ」

 エレベーターの扉が開くと、男はエントランスから、街の闇へと消えて行った。
「枝形 山姿郎先生……か。ほんの僅かの時間だったケド、先人から色々学べた気がする」
ボクは、面接の合否いかんに関わらず、その日を有意義な一日として記憶する。

 次の日ボクは、あと数日で明け渡さなければならない、アパートの自室で考える。
「もし、今回の面接に合格し、ボクが瀬堂 癒魅亜の家庭教師になれたと仮定して、ボクは彼女に何を教えられるのだろう?」

 昨日言われた、彼女からのオーダーを確認する。
「瀬堂 癒魅亜は、心からの笑顔を取り戻したい……たぶん、そう言うコトなんだろうな」
ボクは、行きつけの本屋へと向かった。

 何冊か参考書を手に取りながら、問題の答えを考える。
当然、参考書に答えが載っているような問題で無いのは、理解していた。
「昭和の時代の熱血教師なら、体と魂でぶつかって行くんだろうな」

 すると、ポケットの中のスマホが震える。
「あ、メールじゃなくて、電話だ?」
ボクは本屋を出ると、慌てて電話に出る。

 

「あ……わたしです。昨日は取り乱してしまって、ごめんなさい」
 電話の主は、瀬堂 癒魅亜だった。
「ひょっとしてこの連絡先って、君のプライベートスマホ?」

「そうよ?」女子高生アイドル教師は、あっさりと認める。
「い、いくら何でも、無防備過ぎやしないか?」「そ、そうかしら?」
 彼女は、筋金入りの箱入り娘にも思えた。

「ひょっとして電車に乗ったのも、あの時がはじめてなんてコトは無いよね?」
 ボクは、完全に冗談のつもりで質問する。

「そ、そんなコトは、ど、どうだっていいでしょ!?」
 彼女は、否定も肯定もせず、ただ論点をずらした。

「雇い主として、少しは敬意を払ってくださいよ、先生」
 彼女はボクを、先生と呼んだ。

「明日、正式に契約を結びます。私のマンションンに、履歴書と印鑑と、給料を振り込む金融機関の口座番号をもって、来てください」
 タクシーも、電車も乗るのが苦手な少女が言った。

 瀬堂 癒魅亜は、それで電話を切ったが、ボクは目の前の本屋へと引き返す。
「こ、こんなに買って下さるんかい!? お前さん、受験は終わったんだろ?」
本屋のおばちゃんは、当然の疑問を口にする。

「ねえ、おばちゃん。生徒を笑顔にするって、一体どうすればいいのかな?」
 ボクは、良質な答えが返ってくるとは思わずに、問いかけた。

「そうだねえ。うちは本屋だから、本のコトしか解らないケド、お客さんの望む本を提供できた時は、満足してくれてるんじゃないかしら?」
 たくさん買ったからなのか、おばちゃんは親切に答えてくれた。

「瀬堂 癒魅亜……最愛の兄を失った、ネット動画界のアイドル教師……」
 ボクは、参考書が大量に入った手提げ袋を抱えながら、授業のカリキュラムを考える。

「彼女はボクに、何を望んでいるんだろう……」
 学校の教師を求めなくなった時代、ボクは教師の道を、ゆっくりと歩き始めた。

 

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