パパ
ボクは、プリズナーたちと別れて、再び自宅を目指した。
「千年前のボクの家が、どこまで忠実に再現されているか確かめてやる!」
自然と、足早になる。
ハンバーガーショップから自宅までは、地下鉄で七駅ほど離れていたが、地下鉄の地下への入口の向こう側が、いきなり自宅周辺の宅地となっていた。
「オイオイ、ずいぶんな手の抜きようじゃないか? これじゃ、鉄道模型のジオラマだぞ?」
広大な宇宙船の中とはいえ、原寸大の街並みを再現しているだけでも凄いコトなのだが。
本来なら数キロは離れている距離を一跨ぎして、宅地へと足を踏み入れる。
「コンビニ、閉店した元居酒屋、児童公園……でも船外への扉はまだあったな」
いきなり学校へと飛ばされたが、最初に目にしたのは今いる周辺だった。
「このクリニックに、ケガをしたヴァルナとハウメアを運び込んだんだ。でも二人とも学校じゃ、ケガもなくピンピンしてたからな。時の魔女が治療でもしてくれたのだろうか?」
ブツクサと独り言を言いながら、クリニックを通り過ぎると、自宅は直ぐだった。
「角を曲がったら、黒乃がいて……でも、よく見るとそれはセノンで、そのあと学校まで飛ばされたんだ……」
ボクは前回の記憶を思い出しながらも、警戒して角を曲がる。
曲がった先には見慣れた風景しか無く、何のイベントも発生しなかった。
「今回は素通りできるのか。あ……」
ボクの瞳に映る、懐かしの我が家。
「想えば千年前のあの日……黒乃に誘われるままに、廃坑に行った日以来だな……」
千年も経過しているとはいえ、その間ボクは氷漬けになって眠っていたのだ。
時間の感覚も曖昧で、不思議な気分になっていた。
すると、家の中からテレビの音や、キャッキャと騒ぐ声が聞こえて来る。
「だ、誰かいるのか!? この感じ、親ってワケでも無さそうだ……」
固唾を飲んで玄関のドアを開け、靴を脱ぎ捨ててリビングの前を通る。
「あ、お帰り~、パパァ」「冷蔵庫のおやつは食べちゃった」
リビングでは、何人もの少女がテレビを見ながらおやつを頬張っていた。
「パパ、ちょっとどいて!」「今から隠れるトコなんだから!」
廊下でも、十歳くらいの少女が元気に走り回っている。
「もうおやつ、無くなっちゃったぁ」「パパ、ホットケーキ作ってよ!」
台所のテーブルの四つの椅子も少女たちで埋まり、冷蔵庫の前にも少女たちがいた。
前にも言ったと思うが、ボクには姉妹もいなければ、気の強い幼馴染みもいない。
宇宙人の居候娘と知り合った記憶も無ければ、妖怪娘と親しくなった経験も無い。
さらに言えば、娘など持った記憶すら無いのだ。
「なんなんだ、これは!? パパってなんだよ!?」
けれども今の家には、大量の少女たちが暴れまわっていて、彼女たちはボクを『パパ』と読んだ。
「ここは宇宙船の中だ。何があってもおかしく無いと、覚悟はしていたが……」
それにしても、予想をはるかに上回る事態に困惑する。
「でも、コイツら……全員十歳くらいの女の子だな。それに髪の色も……」
ボクは、少女たちの容姿を観察する。
「髪の毛の色は、五色だ。オレンジ、薄いピンク、茶色、黄緑色、水色……」
何か、見覚えのある色だった。
「それに、この大量にいる感じ。もしかして、キミたちは……」
それは、フォボスのプラントで起きた数々の事件の、最後を締めくくるモノだった。
「『ウィッチ・レイダー』なのか!?」
「正解ィ!」「ピンポンピンポ~ン♪」「パパ、やっと気づいたか!」
少女たちは一斉に、ボクに向かってダイブして来る。
「おわッ!? お、重い!!」「しつれいだなぁ!」「レディに向かって、重い言うな!」
ポカポカと温かく柔らかな感触は、彼女たちが生身の身体であるコトをボクに教えた。
「キミたちは、機構人形(アーキテクター)じゃないのか?」
「ああ、アレね?」「あれは、マニプュレート・プレイシィンガーだよ」
「簡単に言っちゃうとォ」「脳波で操るオモチャで~す」
少女たちは、無邪気に笑った。
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