DNA
「人の記憶の書き換えなんて……そんなに簡単に、できるモノなのか?」
「コミュニケーション・リングにアクセスするコトで、知識を簡単に追加したり、削除できるのです。情報へアクセスするシナプスも、追加されたり削除されるのですから、可能であると思われます」
プリズナーの優秀な相棒である、トゥランは言った。
「オレのは、訳ありの特製リングだったから、難を逃れたみてーだな」
「わたしとしては、期せずして人の姿になれました。貴重な体験ですので、大いに漫喫するといたしましょう」
「『時の魔女』が、どんなヤツかも判らないってのに、気楽なモンだぜ」
「だけどこれからどうする? ここは現実に見えて、宇宙船の中に作られた街なんだ。セノンたち以外の学校の生徒や、街行く人々はフォログラムか何かだろう?」
「そいつぁどうだかな。ヤツらにも、実体があったぜ」
「そうですね。西暦で云う三十一世紀の現在では、フォログラム技術は確立されておりますが、彼らも全員有機体かと思われます」
「そ、そんな……じゃあ彼らは!?」「人間に決まってんだろ!」
ボクは学校の生徒たちも、街行く人々も全部、三次元に投影されたフォログラムかと思っていた。
けれどもプリズナーも、トゥランも、彼らを有機体……人間と言ってはばからない。
「でも、学校の生徒なんて、そっくりだったぞ? いくら人間が、人工子宮(ユーテラス・アーティファクト)で簡単に生み出せるからって、あそこまでそっくりには……?」
ボクは完全に、そう思い込んでいた。
「何言ってやがる。DNAを解析できりゃあ、そっくりなクローンなんざ、いくらでも生み出せるぜ!」
「そんな、アニメみたいなコトが……本当にできるのか!?」
「二十一世紀初頭では、遺伝子の解析は進んでましたが、DNAの遺伝子ではない部分の解析が、まだでしたからね」
「遺伝子以外の……部分?」トゥランの言葉が、理解できないボク。
「それまで無駄と思われていた、DNAの遺伝子以外の残り九十八パーセントの部分……その解析に、人類は成功しました」
「九十八パーセントって、ほとんど解析されてなかったってコトじゃないか?」
「実際に、その通りなのですよ。残りの部分には、目の大きさや瞳の色、あごの長さや眉毛の形に至るまで、あらゆる情報が秘められていたのです」
「まるでRPGの、キャラクリみたいな感じだな?」
「他にも、病気に対する抵抗力や、アルコール、ニコチン、カフェインに対する反応まで、遺伝子ではないDNAの部分に情報として刻まれているのです」
「つまり今のオレやアイツらは、極端に病気になりにくい遺伝子を持って生まれて来てんだ」
親指で、セノンや真央たちを指さすプリズナー。
「もっとも、クーヴァリヴァリアみたく、この時代にあっても自然分娩にこだわって、一族の血を引き継ぐヤツらもいやがるがな」
「むしろ、そっちが普通の時代に生まれたボクからすると、なんの違和感もないが?」
「DNAの情報の中には、特異体質も含まれるのです。病気に対する抵抗などもそうですが、『放射能に対する耐性』もあるのです」
「そ、そうか……『宇宙線』!?」ボクはやっと、プリズナーの言いたいコトを理解した。
「宇宙には、宇宙線と呼ばれる放射線が、飛び交っている。地磁気に護られた地球と違って、火星や月での活動で人間は、放射線に対する抵抗が必須なのか?」
「今じゃ火星も月も、人類が使い易いように開発されちまってるが、開拓当初はそれなりにな」
「ガンや白血病のリスクが、高まるのは事実ですね」
クーリアや、カルデシア財団の人は、そのリスクを負ているのだと実感する。
「どうしますか、プリズナー?」クワトロテールの女子高生が、問いかける。
「まだ打開策は、見つかってねぇからな。このまま時の魔女の手の平で、踊ってやるのもシャクだが、情報を確保するまでは仕方ねえか?」
「このまま、流れに身を任せる……か。ボクの家に帰れば、ボクの部屋が待っているのだろうか?」
ボクは約千年ぶりに、自分の家へと帰る決断をする。
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DNAと遺伝子
今回の話に出てくる、DNAと遺伝子に関する情報は、『NHKスペシャル シリーズ人体Ⅱ「遺伝子」』を、参考にさせてもらってます。
ボクは知りませんでしたが、遺伝子とは、DNAの2パーセントの部分に過ぎない。
ゴミだと思われていた、残りの98パーセントに有益な情報が隠されている。
目の大きさや、あごの長さなど人間の数ある特徴や、病気やアルコールなどに対する抵抗力など。
ⅮNAの解析は、むしろこれからは始まるといっても、過言ではないと思いました。
【参考資料】