美夜美(みやび)先パイ
「……ねえ? 良かったら私と一緒に大須、回ってみない?」
『千乃 美夜美』先パイは、自分の美しさなど、まったく気づいてないかの様に言った。
「は……はい。よろこんで、お供します」
アニメやゲームの中でしか聞かない台詞を、自分に向けて言われた渡辺は、頭の中が真っ白になる。
「そうじゃなくて、キミが連れてってよ? 実はわたし、大須ってそんなに詳しく無いし」
「ええッ、オ、オレが……!?」「そうよ。早く早く~♪」
先パイの少女は、後輩のメガネの少年の手を取って、走り出す。
「ふわああああッ!?」
渡辺の心臓の鼓動は、それまでの人生で最も早いペースを記録した。
「ねえ、いつもはどんなお店に言ってるの? 案内して」「そ、それじゃあ……!?」
言われるままに少年は、慣れないエスコートを開始する。
「フーミンさあ? 見栄とか張らなくていいんだよ?」
「……えッ!? みみ、見栄って……何のコトですか!?」
「だってキミ、こんなお洒落なショップとか、来たこと無いよね? そ~ゆ~顔してるモン!」
「顔って……? 酷く無いですかぁ!?」反論はしたものの『事実』だった。
カジュアルなファッションの店など、通過する以外の選択肢を試した事が無い。
仕方なく、お洒落なブランド店を出ると、渡辺は自分の行き着けの店に案内する。
「ホ、ホントはココが、いつもの行きつけの店です……」
店には、目の大きな人形が、カラフルな箱に入って山積みになっている。
「うわあ、カワイイ。これ、わたしが子供の頃やってたアニメの人形だぁ! この二人組みのヒロインに憧れてさあ。なっつかしいなあ~♪」
(……子供の頃でなくても、買っちゃってるんスけど、オレ。なんか居たたまれない!? でも、オレの倍以上の年齢の方々だって、買っていかれてるんだ……)
はしゃぐ少女を尻目に、渡辺は一人……店の片隅でたそがれていた。
「フィギュアもいいけど……フーミン。もう少し『別の物』も見てみない?」
「別のモノって……服とかですか?」「いいから、いいから……こっちだよ♪」
柔らかな手が、ふたたび渡辺の手を取った。
「え? えっと……骨董店?」
辿り着いた店の軒先には、瀬戸物の茶碗や湯呑みが並んでいた。
「みんな新品だよ。普段使いの、焼き物のお店!」
その時、 美夜美(みやび)先パイに案内されたのが、のちに絹絵や双子姉妹を連れて行く、『大きな壺』が目印の民芸店だった。
「箱を潰しちゃったお詫びに、わたしが何か買ってあげるよ。『抹茶茶碗』なんて、どうかな? 好きなの選んでいいよ?」
先パイの手の先には、色取り取りで、形も様々な抹茶茶碗が、何客も並んでいた。
「す、好きなのって言われてもオレ、抹茶茶碗なんてぜんぜん詳しく無くて……」
「そんなの、直観でいいんだよ。直観で」「ええッ!!?」
「ねえ、フーミン。キミもこの際、『茶道』を始めてみない?」
「……結局あれから、茶道や抹茶茶碗にハマって行ったんだ……」
思い出の民芸店の前に立って、一年前の千乃 美夜美先パイの面影を思い出しす。
「ここで初めて、先パイからプレゼントされた茶碗、今でも大事に使ってますよ。先パイには、センスが無いとか言われちゃいましたけど……」
既に幻となった、『過去の先パイ』に語りかける渡辺。
「……それから、同じ学校だとわかって、無理やり茶道部に入部させられて。でも、ホントはそんな嫌でもなくて……」
渡辺は、店には入らず歩き始める。
「元々ヲタ気質だったオレは、ネットで茶道に関する情報を調べまくって、知識だけなら先輩を追い越してた。でも、本質的なところは、まだ遠く及ばないな……」
渡辺は去年、千乃 美夜美から教えられた、『三本の巨木の古墳神社』に来ていた。
「オレ……明日が勝負なんです、先輩。いや……もうオレ一人の悩みじゃなくて……」
小梢の間を、そよ風が吹き抜ける。
「先パイの好きだった茶道部も、みんなの想いが籠もったキワモノ部も、守ってみせますよ!」
立ち去る渡辺の後ろ姿を、古墳に座った少女の幻が見送った。
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