フーミン
ある日の学校帰り……渡辺は一人で、自転車を飛ばして大須まで足を伸ばしていた。
休日と違って、アーケードの人ゴミは軽くすり抜けられる程の勢いしか無く、軽い足取りで大須商店街を歩く。
「なんか久しぶりの感覚だなあ。昔はこんなの当たり前だったのに……」
渡辺はそれが、遠い昔の出来事の様に思えた。
「……ほんの数ヶ月前までのオレは、一人でフィギュアと抹茶茶碗を買い漁って、パソコンパーツやゲーム機の店を周って、帰る……ってのが、定番コースだったもんな?」
電子部品の店から、占い館まで雑多に入っているビルで、ブルーレイのメディアを買った。
「今月はかなりの出費だったから、財布の中身が厳しいなあ。それにしてもこのオレが、『後輩の女の子にカッコつけるため』に、抹茶茶碗を三つも買うなんて……」
実は、それらの費用は部費で落ちるコトは無く、渡辺は身銭を切っていたのだ。
「一年前……先輩と出会う前は、抹茶茶碗なんてまったく興味が無かったのにな」
~それは一年前の出来事~
その頃の渡辺は、ただ『フィギュアを買うためだけ』に大須商店街へと来ていた。
「とりあえずゲーセンで、UFOキャッチャーの景品をチェックして、現在売られているフィギュアのラインナップや人気、相場を把握しないと……」
サブカルの街、大須のゲームセンターは、UFOキャッチャーのラインナップも最新であり、そこでのチャックは欠かせないものとなっていた。
「おッ、スゲー。『マジカルたつほちゃん』の新しいのが出てるじゃん! 早速、近くのフィギュア屋を廻って、中古で出てないか確かめないと!」
つまり、渡辺のUFOキャッチャーの腕前は、大したことなかった。
金銭的にも学生でしかなかったので、景品中古に活路を求めたのだ。
近くの中古アニメグッズショップやフィギュアショップを回ろうと、急いでゲーセンを出ると、人ゴミの中で一人の少女と肩がぶつかってしまう。
「きゃああーーッ!」
美しく長い黒髪をした少女は、アスファルトの上に尻餅を付く。
「あッ……す、すみません! 大丈夫でしたかッ!?」
「ええ……キミの方こそ、だいじょうぶだった?」
埃を払って立ち上がった先輩が、渡辺に対して発した最初の一言だった。
「……は、はい……オレは何とも!」
すると、少女は申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい……キレイな箱が、いっぱい散らばっちゃったね」
「ふわあッ!? こ……こんなの全然平気です!? き、気にしないで……」
美少女フィギュアの箱を体で隠すように、立ち位置を変えながら拾いまくる、過去の渡辺。
……それが、『千乃 美夜美』先パイとの出逢いだった。
(何だ何だァ、このロマンの欠片も無い出逢いはぁーッ!?)
渡辺は一瞬だけ現実に返ったが、直ぐに過去に思いを馳せる。
「何となく年下だと思っちゃったケド、キミ年いくつ?」
「えっと……十五です」その時の渡辺は、自分の顔が赤くなって行くのを感じていた。
「良かったぁ♪ もしかして年上だったら、どうしようかと思った!」
天真爛漫な笑顔ではにかむ少女。
蒼味がかった黒髪に、白くスラリと長い手足……新緑の森のような優しい瞳。
「わたしは『千乃 美夜美』。ヨロシクね♪ キミは?」
オタクで中二病の少年にとって、彼女は天使のように美しく見えた。
「オ……オレは、わっ……ワタナ……フ、フミ……フミ!?」
(しまった! 噛みまくったぁ~!?)
「んじゃ、フーミンでいいや♪」
それ以来、先パイには『フーミン』と呼ばれる羽目になってしまった。
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