宇宙船の中の街
ボクは、『時の魔女』の宇宙船に入るまでの間、束の間の宇宙遊泳を体験した。
火星の衛星であるフォボスは、当然ながら火星の軌道上を周回している。
火星からの重力は遠心力と釣り合って、ほぼゼロのハズだが、火星からの重力を感じた。
「火星の重力……むしろ、威圧感なのか?」
ボクは、プリズナーや大勢の少女たちと共に、宇宙船の小さな扉へと吸い込まれる。
ウィッチ・レイダーたちは、アーキテクター形態から元の戦闘機形態に変形し、他の専用ハッチから艦へと帰還するのが見えた。
「なあ、今なら逃げ出せるんじゃないの?」真央が言った。
「アホか、敵の艦の真っただ中だぞ。逃げ出せたところで、一瞬で追撃されて蒸発させられちまうぜ」
「今のところ、我々に危害を加えるつもりは、無いようです。刺激するのは、どうかと……」
「わ、わかったよ」真央もプリズナーたちの意見を入れ、素直に艦の中へと入る。
通路でもあるのかと予想していたが、そこは球体の部屋だった。
「この先が、重力ブロックか? かなりデカい重力区画を持ってやがるな」
「この時代じゃ人類は、重力を生み出せるようになっているんだ?」
「ゼロから生み出すのは、ムリですね、宇宙斗様」クーリアが言った。
「ですが、ある程度の質量を持つ物体の重力を、変化させることは可能となりました」
クーリアの言葉を証明するように、外部からの進入口は閉鎖され、球体の部屋は完全に密閉される。
「か……身体が……段々重くなる?」「おじいちゃん、女の子がいっぱいいるのに失礼ですよ!」
「失礼なのは理解するが、肩に担いだ女の子が……重くなって……」
ボクは、ケガ人の女の子を支えきれず、床に降ろしてしまった。
「まったく、重力ってのは厄介だぜ。人を縛り付ける感じがよォ」重力を嫌う、プリズナー。
重力の感じ方は人それぞれだったが、ボクは久方ぶりにそれを味わった。
一連の処理が完了したのか、球体の部屋の入って来たのとは反対の扉が開く。
ボクは、自分の身体すら支えられなくなり、床に倒れ込んだ。
「もう、なにやってるんですか、おじいちゃん?」
「だ、だって、重力のほぼ無い場所から重力のある場所に来たら、誰だって……」
けれども、床に寝転がっていたのはボクだけだった。
「モウロクしちゃって。ホラ、起きれますよ」セノンは、ボクの宇宙服の胸のスイッチを押す。
「ア、アリガト」ボクは、簡単に立ち上がるコトができた。
「宇宙服が、弱った筋力の補助をしているのか。こんな技術、二十一世紀にもあったな」
「元は介護用や作業用の、筋力補助スーツの技術ですからね」
クーリアの言葉に、未来の優れた技術も、二十一世紀からの積み重ねなのだと理解する。
すると、彼女がヘルメットを外した。
真珠色の長い髪が溢れ出し、そこから前後にドリル状のピンク色の髪が垂れている。
「クーリア……キミのその髪って、ウィックなの?」
それはボクにとって、あまりにアニメチックな色だった。
「いいえ、自分の髪ですよ」ボクを見つめるクーリアの瞳。
「ヘルメットのバイザー越しじゃわからなかったケド、瞳も桜色をしてるんだ」
「は、はい……」「なに、当たり前のコト言ってんだよ。こんなの普通だろ?」
ヘルメットを外した真央も、サファイアブルーの短髪にターコイズブルーの瞳をしていた。
「ボクの時代じゃ、ピンクや青い色の髪は、染めてるかウィックだったよ……」
「そうなんですか?」「セノンみたいな栗色は、そこそこいたケドね」「わたしは平凡!?」
「オラ、チンタラしてないで、さっさと行くぞ!」
しびれを切らしたプリズナーが、床に足を付け歩き出す。
球体の部屋はボクらを追い出すと、その扉は開かなくなった。
「まるで、強制スクロールのゲームみたいだな」引き籠りらしい例え方をするボク。
「だが、通路はすぐ終わっているぜ。あの先が、時の魔女が案内したい場所なのか?」
「いきなり拘束とかされんじゃない?」「だったら、とっくにやってそうなモンだろうが」
折り合いの悪い、真央とプリズナーだったが、どちらにせよ進むより他に、選択肢は無かった。
「なんか、ヘンな音が聞こえませんか?」「ああ、セミの鳴き声みたいなのが聞こえるな」
不思議に思いながらも進むと、通路の突き当りの扉が開く。
「オ、オイ、何だ、こりゃあ!?」「ま、街がありますよ、おじいちゃん!?」
ボクの目に飛び込んできたのは、見覚えのある街の光景だった。
「ホログラムか何かじゃないのか!? これって、ボクの生まれ育った街の光景だぞ!?」
「残念だが木も水も実体があるぜ。どうなってんだ、まったく」
「セミも本物のアブラゼミだ。ちゃんと生きてる」ボクはセミを捕まえて、セノンに見せた。
「これがセミですか。わたし地球に降りたコト無いんで、始めて見ますが可愛いですね」
ボクは、セノンの感覚がイマイチ信じられなくて、セミをクーリアの顔の前に持って行く。
「ひやああッ!!?」
短い悲鳴と共に、クーヴァルヴァリアは気絶し白目をむいた。
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