夢を追う者
「……言ったでしょ。アイドルになれるまでだよ」
ジュリアは、今は異なる制服に身を包む二人の友人に、寂しさと同時に複雑な感情も抱いていた。
「わ、わたし、二人みたいに途中で辞めたりしないから。一人だって、ずっと続けるよ!」
「アイドルがアイドルとして成立する賞味期限なんて、せいぜい高校までよ。無限に時間があるワケじゃない。むしろ、残された時間は僅かだわ」
セイラは、可能性や確立の観点から、ジュリアを責め始める。
「言い過ぎだって。お前が本気になると、辛らつな言葉の流星群で、辺り一面焦土と化すんだからな」
アイは、それによって打ちのめされた男子のクラスメイトを、何人も知っていた。
「何よ、アイドルになろうって最初に誘って来たのは、アイでしょ。それなのにスポーツ強豪校の特待とかで、さっさと抜けたじゃない!」
流星群は、今度はアイの頭上にも降り注ぐ。
「あ、アレは、親が勝手に決めちまって……悪いと思ってるよ」
「今じゃアイも、陸上短距離界、期待のアイドルだものね」「だから、そんなんじゃ……」
攻められっぱなしのアイだったが、反撃に出る。
「お前だって進学中学の一貫校の特待、決まってたじゃんか」
「それは……でも、アイドル活動は続けられ……!?」
セイラは自分の言葉を、強制的に断ち斬った。
「今思えば、お互い潮時だったのかもね……」
眼鏡の向こうの、論理的な瞳がうつむく。
「潮時って何? 夢をあきらめるための言い訳でしょ!!」
ココア色の髪の少女が言った。
正確に言えば、言葉が勝手に口から飛び出てしまったのだ。
「ええ、そうよ! だって全ての夢が叶うワケじゃないもの!!」
艶やかな黒髪の少女から、普段の冷静さは完全に消え失せていた。
「小学生の頃に思い描いた夢を、いつまでも持ち続けるのが素晴らしいとは限らないわ。成長に応じて、現実に即した夢にシフトするのは、当然の選択よ!」
勢いを取り戻したセイラの反論に、ジュリアも応じてしまう。
「そうやって、いつも大人ぶって……でも、三人の中で一番アイドルに成りたがってたのって、セイラちゃんじゃない!!」
「成りたいからって、成れるものじゃ無いわ。未だにアイドルになれない現実を見なさいよ!!」
ジュリアは、何も言い返すことが出来ない。
「オイオイ……いくらなんでも、熱くなり過ぎだって!」アイが必死に、仲裁に入る。
「いい加減……目障りだわ!!」セイラは、吐き捨てるように言った。
夢をあきらめ、まだその夢に未練を残す者にとって、共に夢を追い、未だにその夢をあきらめず追い続ける者ほど、目障りな存在はいないのだ。
「わたしは……あきらめない!! 絶対にアイドルになってみせるんだから!!!」
ジュリアは二人から逃げる様に、ファミレスを飛び出して行った。
少女の座っていた席には、エメラルド色の液体が入ったグラスが、小さな気泡を生み出し続けている。
残された二人の少女は、ただ黙ってそれを眺めていた。
窓の向こうはスミレ色に染まり、テールライトの群れが家路を急いでいる。
「今日はアイツを、励ましてやるつもりだったのによ……」
片肘を付きながら、皿にわずかに残ったポテトをくわえると、既に冷めていた。
「……言い過ぎたわ。ごめんなさい」
飲みかけのブラックコーヒーを口に持っていくが、やはり冷えている。
「……いや。お前の気持ちも解るんだ。アイツを応援してやろうって言っておきながら、そうじゃない自分もいてさ。まったく、嫌になっちまうぜ」
手を頭の後ろに組んで天井を仰ぐと、オレンジ色の巻き髪ツインテールがソファに散らばる。
「アイ……」「ジュリアに謝らなきゃな」「……そうね」
再び、無言の沈黙が続いた。
「ン……なんだ?」するとアイが、ジュリアの居た席に、何か落ちているのに気付く。
「ちょ、ちょっとッ!? パンツ見えてるわよ!!?」
前に乗り出す幼馴染みのスカートを、セイラは慌てて押さえ込んだ。
「これ、アイドルオーディションのパンフみたいだ。次の日曜だってよ」
「そう……」関心の薄いセイラに対し、アイが提案した。
「なあ。これ、行ってみないか?」「でも次の日曜は塾が……でも、そうね……」
週末の予定を決めた二人の少女が、ファミレスを出ると、地面が僅かに揺れる。
「オワッ!? 地震か?」「でも、直ぐに収まったわ」
二人は、大して気にも止めなかった。
だが、この小さな地震は、三人の少女の運命を大きく変える、前触れだった。