あるモノ
「……先ほどから、男の人の声がすると思っておりましたが?」
「なあ、一体誰なんだ、セノン?」
クヴァヴァさまと、マケマケの声が、避難小屋の中から聞こえる。
「と~っても頼りになる『おじいちゃん』です!」
「はあ? お、おじいちゃん?」「若そうな声に聞こえましたが……?」
「いえいえ……ちゃんと、おじいちゃんですよ? だって、千歳を超えてますからね」
セノンは、優しい瞳でボクを見上げる。
「でも、宇宙斗おじいちゃんは、とっても頼りになる素敵な『おじいちゃん』です」
クワトロテールの女の子の願いを、ボクは聴いてあげたくなった。
するとセノンの頭の上の岩肌に、何やら施設があるのが見える。
「ねえ、アレって何の施設?」「たぶん、作業ロボットや資材の格納庫じゃないですか?」
ボクたちは掘削プラントの事故で空いた穴の最深部から、何とかプラント事故のあった現場まで登って来ていた。けれども更なる上空には、まだ火の手の及んでいない施設が存在している。
「格納庫に、ロボットがあったとしても、人命救助はインプットされてませんから、無理ですよ?」
セノンが言った。彼女の口ぶりから、この時代のクレーンやショベルカーは、自分の意志で勝手に動くらしいと推測できた。
「いや。ボクが探しているのは、もっと単純で、原始的なモノだよ」
「え、それって何なんですか?」「アレがあれば、岩を除去できる……」
「ねえ、聞いてますか、おじいちゃん!」「でも、もし失敗したら……」
「聞こえてますか、おじいちゃん!!!」目の前に突然、セノンの顔が現れた。
「何か、打開策を思いついたんですね?」「ああ……でも、岩を退けるには、危険過ぎる賭けだ」
「そうは言っても、このままじゃ……」「そう……だな」
ボクは、避難小屋に突き刺さった巨岩を、退ける打開策を思いついていた。
「賭けって……もし上手く行かなかったら?」
ヘルメットの中の幼い表情は、ボクにとって残酷な質問をする。
「彼女たちを……殺すことになる」「ええッ!?」
失敗すれば、十五名もの少女の命が、巨大な岩に潰されてしまうのだ。
「炎が迫っている。迷ってる余裕は、無いみたいだ。セノン……キミは離れた場所で、待っていてくれ」
「で、でも」「時間が無いんだ!」「わ、わかりました、おじいちゃん」
セノンは、避難小屋から遠く離れた場所に、飛んで行った。
「ボクも、急がないと……頼むから、あってくれ!」
宇宙服の姿勢制御用スラスターのスイッチを入れ、事故現場の上空へと駆け昇る。
「……やっぱこの作業プラントの、格納庫だ。幸いまだ、炎が及んでいない」
避難小屋から少し上空の岩壁に、格納庫はあった。巨大な金属の扉は、事故でなのか、見学の時に開けたのかは分からないが、開いていた。ボクは中に入って『あるモノ』を探す。
「あった! これで、なんとか行けるかも知れない!」
ボクは部屋から『あるモノ』を持ち出すと、スラスターを使って、避難小屋を半壊させている岩の上部へと降り立った。
「みんな待っていてくれ。あと少しの辛抱だ!」
『あるモノ』を、巨岩と岩壁の隙間に設置していると、下から声が聞こえた。
「宇宙斗おじいちゃん? それ…なんですかぁ?」
「これかい? 堅い岩盤を砕く時に使う『ダイナマイト』だよ」
ボクは設置を終えると、スラスターを吹かしてセノンの元に向かう。
「頼むからまだ、爆発してくれよ。でも、ボクが離れたら爆発してくれ」
結局、ダイナマイトの起爆は、炎に包まれた巨岩の熱に頼るほかなかった。
あちこちで炎の上がる採掘プラントを下に見ながら、ボクは自身に不思議な違和感を覚える。
(……おかしいな……今のボクは随分と、行動的で前向きじゃないか……)
「黒乃……キミが導いてくれているとでも、言うのか?」
ボクは岩壁に控える、セノンの元へと戻った。
「今、避難小屋を押し潰してる巨岩の上に、ダイナマイトをセットした。発破を掛けて巨岩を前側に傾け、この巨岩だけ真下に落とすんだ!」
「凄いです! 流石はおじいちゃん……年の功ですゥ!」
セノンは、宇宙服のヘルメットの中で目を輝かせる。
「クーヴァルヴァリアさんに、真央って言ったね。出来る限り壁がしっかりしてる側で、みんなで固まっていてくれ! 今からダイナマイトで岩を落下させるから」
ボクは、自分でも驚くくらいの大きな声で、叫んでいた。
「岩を……って、そんなことしたら、床が抜けちゃわないか?」真央が反論する。
「でも、このままじゃ全員焼け死んじゃうよォ!」「助かる可能性があるんだったら……」
クヴァヴァ様の取り巻き少女たちも、直ぐに覚悟を決めた。
「大丈夫、岩は外側に崩れる計算だ。でも、万が一床まで抜ける可能性も、否定できない。みんな……壁か何かに体を固定してくれ!」
「宇宙斗様……で宜しかったでしょうか? 了解致しました」クヴァヴァさまの声だった。
「みんな! 救命用のロープで、それぞれをしっかり結んで! 絶対に助かりますからね!」
クーヴァルヴァリアの声は、先頭に立って皆を指揮する。
「クヴァヴァさまって人、的確でみんなを安心させる指示だ」「さすがに冷静ですね」
「ケガをしてる、ヴァルナさんとハウメアさんを中心に、全員を固定するのです」
「はい!」「了解です」「わ、わかりました……」
取り巻きの少女たちも、クーヴァルヴァリアの指示に素直に従った。
「お願いします……宇宙斗様。みんなを、お救い下さい!!」「頼んだよ、セノン!!」
「……わたしからもお願いします! マケマケも、ヴァルナちゃんやハウメアちゃんも、ハルモニア女学院の寮でみんな同じ部屋で……大の仲良しなんです!!」
「……まさか……ね」ボクは宇宙服の中で、軽く肩を竦める。
「おじいちゃん……みんなを助けて!!!」となりでセノンが、叫んだ。
……と、同時に、巨岩の上部で大爆発が起こった。
『ドゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオォォォォォォーーーーーーーーーーーーンッ!!!』
凄まじい爆音と共に、避難小屋を半分押しつぶしていた巨岩が、ゆっくりと動き始める。
「千年の眠りから醒めた途端、女の子たちに……まるで英雄にする様な『お願い』をされるなんて……思っても見なかったよ……黒乃」
巨岩の上部が、勢いよく岩肌から離れると、そのままひっくり返って、黒乃の眠る深い穴へと落ちていった。
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