ラノベブログDA王

ブログでラノベを連載するよ。

王道ファンタジーに学園モノ、近未来モノまで、ライトノベルの色んなジャンルを、幅広く連載する予定です

この世界から先生は要らなくなりました。   第01章・第02話

f:id:eitihinomoto:20190817152737p:plain

伝説の記者会見

「教育とは、誰にでも平等に与えられる物でなくてはならない……か」
 ボクは、ユークリッドが掲げる理念を、覆せないでいた。

「元は、倉崎 世叛(くらさき よはん)の言葉だろ? 確かに名言だ」
 腹を満たした友人が、気だるそうにアグラをかく。

「『倉崎 世叛』……。ユークリッドの創始者にして、天才的なプロモーターでもあったよな」
 ボクらが彼の偉業を語る時、過去形にしなければならなかった。

「アレでオレらと同い年だったんだぜ」「ユークリッドを立ち上げたのは、中学に入りたての頃って話だからな」「まったく、どれだけの才能だよ……」
 友人もボクも、ラーメン丼ぶりの置かれたテーブルに突っ伏した。

「ユークリッドは好かんが、倉崎 世叛が教育の世界に革命をもたらしたのは、紛れも無い事実だ」
「教民法以来の大改革だかんな。全くどんだけ落ちぶれるんだよ、学校教師」

 友人は薄汚れた漫画雑誌を肘かけにして、美少女の映るテレビに目を向ける。
「なあ? 瀬堂 癒魅亜ちゃんは、どんくらい稼いでんだろ?」
友人の言葉に、ボクは溜め息を付いた。

「そりゃあ彼女も、『億』単位だろうな? 一つの動画が何万回も再生されるんだから、一年の授業を全部合わせれば、とてつもない再生回数になる。彼女の受け持ちは高校の数学だが、今や高校生や大学受験をする生徒のほとんどが見てるからな」

「……オレらとのこの差はなんだ?」ラーメン鉢を、割り箸でカランカランと鳴らす友人。
「今さら教育学科なんか選考したの、失敗だったわ。この四年で世間の常識も変わっちまったモンな」
 友人の言う通り、ここ数年で世間はユークリッドを認め、次第に受け入れて行った。

「お前、ミュージシャンになりたかったんだろ? そっちの道に進んだらどうなんだ」
「うっせえなあ。芸術活動はそんなに簡単には行かんのだよ」
 芸術活動に限らず世の中簡単では無い事は、就職浪人になって身に染みていた。

「倉崎 世叛みたいな、ずば抜けた才能でもありゃあ別だがよ」
「才能……か。あれだけの才能がありながら……な」

「ああ、死んじまっちゃな。難病だったんだろ? 名前は偽名らしいが」
「偽名じゃ無くてハンドルネームな」
 倉崎 世叛は当時、プロフィールの多くが謎に包まれていた。

 けれども去年の今頃、彼の悪化する病状は大ニュースとなり、マスコミの格好の標的とされた。
謎だった彼のプロフィールの幾つかは、白日の下に晒される。

「『伝説の記者会見』も、凄まじかったよな?」
 伝説の記者会見とは、倉崎 世判の死の数か月前、自らの病状や家族にまで及ぶ取材攻勢に対し、抗議をするために開いたものだった。

「……まさかあそこまでやるとはな」「カメラの数が、マスコミを上回ったんだモンな」
 当時、記者会見場に現れた彼の背後には、無数の小型カメラが並んでいた。
カメラはマスコミの記者たちに向けられ、その様子を克明に記憶し続ける。

「記者会見の様子を、ネット動画の配信者に募集かけて、生中継させたんだよな?」
「確か一万人以上の動画配信者が、記者会見を生中継したんだ。質問をする記者一人一人の表情まで、鮮明に中継されたからな」

「プライバシー晒されて、人生大変なコトになった記者も居るらしいぜ?」
「自業自得ではあるが……」彼は、余りに多くの者を敵とした。

「だけど、『伝説の記者会見』は、志も無い人間によって模倣された。実際に悪事を犯した者まで、マスコミの記者にカメラを向けるようになったんだ」
「良くも悪くも、時代を変えたよな……倉崎 世叛ってのはよ」

 彼を過去形で語る友人に、ボクは寂しさを感じる。
「こんな暑い日だったよな……彼が、亡くなったのは」
「ああ……そうだな」同い年のボクらにとって彼は、同世代のヒーローだった。

「まあアレだ。不才の身なれど、倉崎 世叛と違ってボクらはまだ生きているんだ。人生が続くウチは精々努力はしないとな」
 ボクは、空っぽのラーメン鉢を見つめた。

「そりゃ確かに、どんなに才能があっても、死んじまっちゃ元も子もねェケドよ。オメーそんなんじゃ、ゼッテー彼女出来ないわ」
 呆れ顔の友人が言う通り、生まれてこの方ボクの隣に女性の姿は無かった。

 ボクと友人は再び蜃気楼の踊る炎天下へと繰り出し、午後に予定されていた就職説明会の面接を受ける。何社かは梯子したものの、どれも手応えは無かった。

「お互い努力はしてんだ。ま……明日も頑張ろうぜ」前向きな友人が、疲れた顔に汗を滲ませ言う。
 けれどもウダツの上がらない自分を鑑み、素直に頷く気にはなれなかった。

 蒸し暑い夏の夜、ボクは友人と別れ、駅のベンチで帰りの電車を待った。

 

 前へ   目次   次へ