ラノベブログDA王

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この世界から先生は要らなくなりました。   第01章・第01話

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ユークリッド

 ラーメン屋の醤油の香りがする暖簾を潜ると、ボクと友人はカバンを投げ出しネクタイを緩め、テーブルに置かれたお冷を口に流し込んだ。

「暑い日だな、まったく。こんな炎天下を足が棒になるまで歩き周っても、就職できる気配が一向にしないのは何故だ?」
 目の前の、健康的に日焼けした友人が言った。

「そりゃ、完全に出遅れたからだろ? 就活なんて学生だった去年までにやれって話しだ」
 ラーメンの湯切りをする親父の向こうで、油のこびり付いた換気扇がけたたましく回っている。

「去年の夏、ミュージシャンになるとか言って、就活そっちのけで売れない曲を書きまくってたのは、どこのどいつだ」
 思えば去年まで、友人の後ろの間仕切りには、古びたアコースティックギターが立てかけられていた。

「お前だって同じだろ、優等生さんよ? 『学校の先生になる』とか夢みたいなコトほざいて、勉学に勤しんでやがったヤツこそ、どこのどいつだ」
「……ボクの夢はずっと、教師になるコトだ」

 今どき三百五十円の、店で一番安いラーメンを啜りながら言った。
「だからさ。今どきの教師なんて、ただの監視員かアポイントメンターじゃねえか?」
 湯気で曇った眼鏡レンズの向こうで、友人の大げさなジェスチャーが見える。

「ボクが望んでいるのは、もっと生徒に寄り添った、熱の籠もった教師であって……」
「お前それ、何時の時代の教師だよ?」「……昭和五十年代頃のドラマかな?」
 ボクは『先生』に憧れた。

 偶々ネットで見たドラマに出てくる、生徒を親身に思い、時に厳しく叱ってくれる熱血教師像。
「か~、なんて古い話をしていらっしゃるんだ? 時代は変わったんだよ。もはや、かつての熱血教師なんて存在しねぇ。時代はアレだよ、ユークリッド」

 友人は、ラーメンのナルトを箸でつまみ上げながら、その先をボクの後ろに向けた。
そこには今どきブラウン管のテレビがあり、デジタル放送が強引に出力されている。

『この世界から学校の先生は要らなくなりました』……不愉快な番組タイトルだった。

『今日はユークリッドのアイドル教師、瀬堂 癒魅亜(ゆみあ)にお越しいただき……』
「あんな浮ついた教師のどこが……」ボクはテレビに立て付いた。

「ユミアちゃん、メッチャ美人でカワイイじゃんか!? 癒魅亜ちゃんの授業って解りやすくて、それでいて優美なんだよな。しかも、アレでまだ高校生なんだぜ!」

「高校生の授業で学ぶ、大学生もどうかと思うがな」
「でもオレらの頃は、癒魅亜ちゃんじゃなかったじゃんか? オレも癒魅亜ちゃんの動画で、大学受験したかったぜ」

「今やみんなネット動画を見て、学校の勉強も受験勉強もしているんだからな。世も末だ」
 ボクは、ブラウン管の中でフラッシュを浴びる美少女から、目を逸らせた。

 『ユー・クリエイター・ドットコム』……通称【ユークリッド】。

 今や世界を又にかける動画サイト。
日本の一人の天才が立ち上げた、ストリーミング形式の動画サイトだ。
後発ながら、『時代の全ての価値を変える』を旗印に、瞬く間に大手へとのし上がった。

「ガキの頃から先生志望だったお前にとっちゃ、迷惑この上ない存在なのも解るがな」
「全く、その通りだよ。ユークリッドのお陰で、全てが変わってしまった。学校の先生が要らないだなんて、ふざけるにも程がある」

「まあ……それが現実だケドな」
 ユークリッドは、教育分野に目を付け、それに特化して資金を投資した。

 国語・数学・理科・社会・英語の五教科に絞って、その分野のエキスパートの教師陣を雇い入れ、彼らの授業をネット動画として無料で公開したのだ。

「先生が教育者でいられたのは、ユークリッドなんて無かった十年前までだからな」
 友人はラーメンのスープまで、しっかり飲み干しながら仕組みを説明する。

「一本二十分程度の授業動画を、ネット上にアップし、そこから広告料収益を得る。ヤツらも考えたものさ。授業動画は、小学一年から大学四年までの五教科を、全てカバーしているから、それこそ動画一本が何千万再生とかいくかんな」

「どれだけ稼いでいるんだか」「それこそ、一動画で億単位は軽く行ってんじゃね?」
「今や、学校教師なんて監視員……それは解ってんだよ。時代が変わったってのはさ」
 ユークリッドの授業動画は、各学年の各教科毎に、百から二百本くらいの動画で構成されている。

 それをリスト通り順番に見れば、学校の授業で得られる一年分の知識を完璧に身に付けられた。
ユークリッド・アンチのボクにも、時代を変えてしまったユークリッドの凄さは解っていた。

「最近じゃ二~三割の生徒が学校に行かず、自宅での動画学習で済ませてるって話だぜ。もはや学校へ通う意味すら、無いくらいだからな」
「学校の先生の存在意義って、薄れる一方なんだよな。明るい未来じゃないか……」

「でもよ? 授業動画を流すくらい、それまでの動画サイトだって、やろうと思えばやれたじゃんか?」
「ユークリッドの凄いところは、授業動画を丁寧にリスト化したところだろう。それまでの大手動画サイトとの違いは、『リストの質』にあるのさ」

「お前、ユークリッド・アンチじゃ無かったっけか?」
「これでも皮肉を、たっぷりと混ぜ込んだつもりだがな……」
 ボクはラーメンの最期の一本まで、音を立てて啜った。

「クビにならなかった教員も、生徒が解らなかったら、どの動画を見れば良いか指示するだけの存在だ。お前が言う通りそんなの、ただの『アポイントメンター』さ」

 麺の無くなったラーメン汁の、小さな油玉を箸でつなぎ合わせながら呟いていた。
ユークリッドのお陰で、果たしてこれまで何人の教員がリストラされたのだろう?

 『教民法』が施行されてから二十年。今や教師らしい教師と言えば、ユークリッドの動画の中で教鞭を振るう、数人のカリスマ教師くらいになってしまっていた。

「だけど、生徒側からすりゃあよ? 何言ってるか解らない先生に当たったりしたら最悪じゃん? 解ってないまま一年が過ぎて、次の年の授業にも付いて行けなくなる」
 友人は、ボクが目指していた先生の、問題点を指摘する。

「その点、ユークリッドなら解りやすい上に面白い授業動画を、貧富の差も無く誰だって無料で見られるんだぜ? オレも、大学受験じゃお世話になったしな」
「それを言われるとな……」ユークリッドの唱える最も正論らしき部分は、正しくそこだった。

「確かに動画なら、解らなければ何度も見返せる。一時停止してノートも取れる。まだノートも取れてないのに、黒板の白い字を消される心配も無いワケだ」「お前、ユークリッドでノートなんか取ってたのか? ふむう。オレとお前の成績に、明確な差があったのはそのせいか?」

「成績が上がらないのを、全て先生の指導力の責任にする生徒の側にも問題はあるとボクは思うがな」
「まあまあ……堅いこと言うなって。でもユークリッドも、最初は随分と反対もあったよな?」

「それはそうだろう。特に教育委員会や、出版業界なんて猛反対だった」
「ああ。著作権とか笠に着てさ」「でも結局……」

 再びブラウン管に目をやると、アイドル教師・瀬堂 癒魅亜が、翡翠色のツインテールを靡かせながら、ユークリッドの理念を声高に語っていた。

「『教育とは、誰にでも平等に与えられる物でなくてはならないのです。一部のお金持ちだけが、大学や塾で手に入れられる物であってはダメなんです』」

 ボクには彼女が、無機質なロボットの様に見えた。

 

次回・伝説の記者会見

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