ラノベブログDA王

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一千年間引き篭もり男・第01章・07話

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永い永い引き籠り

 時代に忘れられた廃坑の奥の、暗闇に輝く二つのカプセル。

「キミは……この装置で何をする気なんだ? ボクにこの装置で、『未来永劫引き篭もれ』って言うのか?」

 黒乃は何も言わずカプセルを降りると、胸のブラジャーを左手で隠しながら装置を操作する。
目の前で揺れる可愛らしいヒップに、ボクは目のやり場に困った。

「いいえ。このカプセルに入るのはわたし一人よ。出来ればあなたにも付き合って欲しかったケド、無理みたいね」

 カプセルの透明な蓋が開き、中からドライアイスの冷気が、スモークの滝となって溢れ出した。
冷気は、近くに置かれた箱の中のアイスクリームを、カチンコチンに凍らせる。

「それじゃあボクは、どうしてここに呼ばれたんだ?」
「……そうね。宇宙斗には見守っていて欲しかったのよ。こんなバカげた実験、本人の同意も無しに強制なんて出来ないわ……」

 意外な答えだった。彼女は強引にボクを実験材料にするのかと思っていたし、それで人生を終らせるのかと少なからず考えていたからだ。

「わたしは、このカプセルで眠りに着くわ」
 黒乃のクワトロ・テールの先に付いた『太陽』、『月』、『星』、『ハート』の形をした髪飾りが、寒暖差で起きた風でカラカラと揺れる。

「いつ目覚めるのかも解らないし、実験が成功する保障なんてどこにも無い。そもそも蘇生に関しては、未来の技術に丸投げだものね」
「そ……そんな……」冷静な言葉とは反対に、彼女の瞳は紅く染まって行く。

「けれども、シベリアのマンモスだって偶然の条件さえ重なれば、永久凍土の中で一万年の時を越えて、現代に細胞やDNAを残すのよ。きっと上手く行くわ」
 論理的な思考の彼女にしては、希望的で曖昧な言葉に思えた。

「……ひょっとしてキミは、あの時チャラ男が言ったコトを気にしてるのか? キミの言葉が机上の空論だとか、自分が導き出した実験結果じゃ無いとか?」
 何が黒乃を、ここまで狂気的な実験へと駆り立てたのか、ボクには理解出来なかった。

「でも、そんなの誰だってそうだよ。殆どの人間が、一握りの天才が唱えた理論を基にした科学技術の恩恵で生きている。キミが気にする必要なんて……」
 ボクは普段、周りの大人たちがボクに対して言いそうな台詞を吐き出した。

「そうね……アナタの言葉は正論だわ。でも、あんな奴に言われて始めた実験じゃないのよ。こんな装置を短期間で作れる程、わたしは天才ではないのだから」
 冷静になってみれば、その通りだ。けれども、ボクは冷静では無かった。

「でも……だったらどうして、こんな馬鹿げた実験をキミは……」
「どうして……かしらね? わたしは科学の未来を、この目で見てみたい。『わたしがこの時代に生きてる意味』なんて、どこにも無いのよ」

「……キミは……どうして……」 ボクは、自分の拳を強く握り締める。

「宇宙斗……アナタはわたしを『解って』くれたわ」黒乃は、そう言った。
「あなたは、『物事を正確に理解する力』を持っている」
 時澤 黒乃は、可愛らしいデザインの下着をも脱ぎ捨てる。

「『わかった』というコトは、『理解した』というコトだ……」
 ボクは自分の中に唯一存在していた、『借り物のポリシー』を説明する。
「二十世紀のオランダが生んだ、偉大なフットボーラーが言っていたんだ。ボクの言葉じゃない」

「真に『わかる』とは、『理解する』と言うこと以外にあり得ない。理解していないのであれば、それは単に『そう覚えているだけ』であって、『わかってなどいない』のだ……と」

「真理ね。『わかった』なんて軽々しく口にする人って多いけど、ちゃんと『理解』している人なんて殆ど居ないのよ。でも、あなたは違った……」
 装置が発する白い光と冷気が、黒乃の裸体を神秘的に浮かび上がらせる。

「だからアナタには、見守っていて欲しいの。もちろん、わたしが完全に凍りつくまでで構わないわ。……ダメ……かしら?」

「ダメだね」ボクは即答した。
「そう、残念ね……」彼女は寂しげな笑顔ではにかむ。

「黒乃……キミは、ホントに『エリス』だな」
「エリスって、確かギリシャ神話の争いの女神の……?」

「だってそうだろ? キミのお陰でチャラ男にブン殴られ、こんな廃鉱の奥まで付き合わされた挙げ句、キミがアイスみたいにカチコチに凍る付く、無謀な実験を見守れ……だなんてさ」
 ボクは、足元でゴルフボールの様に固くなったアイスを見ながら決意する。

「そうね……ごめんなさい」黒乃は、素直に謝った。
「宇宙斗にとってわたしは、我がままで迷惑な争いの女神なのかも……ね」
 
「だから……ボクも行くよ」
「そ、宇宙斗!」彼女が本気で驚く表情を、ボクは初めて見た。

「キミが信じ憧れる科学の未来を……ボクも見てみたくなった」
 どうやらボクは、争いを招くと云われる『黄金のリンゴ』をかじってしまっていたらしい。

「……ありがと……宇宙斗!」彼女は、幼い少女の様に柔らかな笑顔を見せた。

 それからボクも全ての服を脱ぎ捨て、素っ裸になってもう一方のカプセルの前に立った。
「宇宙斗。これから何があっても心配しないで……」
黒乃はボクの背中に、暖かい裸体をピタリと密着さる。

「どんなに時が流れても、アナタの傍には必ずわたしがいるから」
「黒乃……」彼女の言葉に、ボクは母親の温もりの様なモノを感じた。

「宇宙……斗……」ボクたちは、唇を重ね合わせる。
 彼女の唇はとても温かく、そして僅かに振るえていた。

「……うっ! なん……だ? 急に……眠く……」
 しばらくするとボクは、急激な睡魔に襲われその場に崩れ落ちてしまう。

「……おやすみなさい、宇宙斗。『未来』で遭いましょう……」
 朧げな意識の中で、カプセルの扉が閉じ、目の前が急速に凍り付いて行くのが見えた。
「ああ、黒乃……。また未来で……」

 その日、寂れた廃鉱の地下深く、群雲 宇宙斗と時澤 黒乃は、『永い永い引き篭もり』へと入る。
二人の高校生の失踪は事件となり、警察が大規模な捜査を始めた。

 ……が、事件は一ヶ月も経たずに、世間の記憶から完全に忘れ去られる。

 

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