錬金術は実在する
「前にもこんなの……あったよね。キミはどうして、ボクなんかに……?」
予想通り返事は無かった。
四つに分かれた黒髪が、ボクの膝の上に零れ落ち、甘いシャンプーの香りを漂わせる。
「この香り……あの時と同じだ……」
ボクは、自分と時澤 黒乃に纏わる『過去のエピソード』を思い出していた。
それはまだ、高校に入学して間もない日の出来事だった。
『リィーンゴォーン』と、授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、退屈から開放されたザワメキが教室を覆う。そんな中で事件は起る。
「ねえねえ。昨日から始まった新作アニメ、見たぁ?」
「ああ、錬金術師のアレな? しっかし、また錬金術師ネタかよって感じだぜ」
「でもでもォ? 錬金術師ってさ。アニメみたいじゃ無くても、実際にいたんでしょ?」
「そりゃ中世ヨーロッパのエセ話だろ? 石っころが金に変わるなんて、この科学の時代にバカバカしい。それが出来りゃ、オレだってとっくに大金持ちだね」
クラスの頭の悪そうな女子が、チャラついた空っぽ頭の男子にした『他愛の無い会話』。
「はあ? 何を言っているのかしらアナタ達? 『錬金術』は現実に存在するわ!!」
時澤 黒乃はこの『下らない話題』に、まともに反応したのだ。
「オイオイ、何言ってんだ。頭は良いクセに、学校に殆ど顔も出さないお前が、久しぶりに登校したかと思えば、錬金術が実在するだぁ? 錬金術なんて漫画やアニメの中だけの……」
「これだからバカは……」時澤 黒乃は、深いため息を付いてチャラ男の回答を遮った。
「錬金術は『現実に存在する立派な化学』だわ。それを、錬金術は漫画やアニメの中だけの存在だなんて本気で信じてる、中二病頭のおめでたい連中には、何を言っても理解されないでしょうケドね?」
見下した目線を向けられたチャラ男だったが、強がって余裕の態度を装う。
「おいおい、中二病はオメーだろ? なあ?」「確かに、あたしもそれはちょっと……」
「やれやれ……だわ」時澤 黒乃は、再び深いため息を吐き出した。
「今時、『核融合』によって物質が異なる物質へと変わることくらい、常識なのだけれど? 恒星の中心などの超高圧下で起こってる、核融合反応によって水素が重水素、ヘリウムとなり、どんどん重たい物質へと変化して行くのよ。これを応用したのが、現在の原子力だわ」
「え? なにそれ?」「だからよォ。原子力と錬金術に、何の関係があるってんだよ?」
苛立ちまみれの時澤 黒乃の言葉を、前の二人は全く理解していなかった。
「……あの」このときボクは、『白熱する議論の真後ろの席』に座っていた。
「それはつまり、核融合反応を繰り返して重たい元素を生み出し続ければ、いずれは金が生成されるってことじゃ……ないかな?」ボクは、時澤 黒乃の考えを、代弁してしまった。
「なんだぁテメー? いきなり会話に乱入しやがって!」
チャラ男の言う通りだった。自分でも何故そんな行動を取ったのか、今でも理解出来ない。
「こいつ、アニヲタのキモ男じゃない? アニメショップで、しょっちゅう見かけるわ……ってアレ? あたし今、自爆したぁ?」
頭の悪そうな女子が、一人で会話を完結させる。
「それよりよォ。何で核融合で金が出来るんだ? テメー代わりに説明しろ!」
チャラ男が茶髪を掻き毟りながら、ボクを脅迫した。
「えっと……例えば、普通の化学反応は、水素と酸素が結びついて水が出来る」
「あ、それ、なんか聞いたコトある」「いや、そこは常識だろうがよ?」さすがに呆れるチャラ男。
「でも、核融合反応は原子を、全く異なる原子へと変えるんだ」
ボクはチャラ男の顔色を伺ったが、それ以上にどうしてか、時澤 黒乃の表情が気になった。
「水素を高温高圧で圧縮するとヘリウムになり、更に圧縮すればリチウムになる。これを繰り返せばいずれ……」「金が作れるの? 凄~いッ!」「バカか、お前。そんなワケ……」
「いや、理論的には作れるハズなんだ」ボクは言った。
「だから、科学的な見地から見れば『錬金術は存在する』とも言えるんじゃないかな?」
自分で行ってみて、そういう考えもあるのかと気付かされる。
「最も今の原子力発電なんかは、真逆の『核分裂反応』を利用しているんだ。核融合炉の開発は、まだまだ道半ばなんだケドね」
「そうよ。大体正解だわ」時澤 黒乃は、ボクの言葉に頷いた。
この時ボクは、何故だかとても嬉しかったのを記憶している。
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