力の魔王にして恐怖の魔王
夜になって、一行は砂漠の中心でキャンプを張った。
「灼熱砂漠と言えど、夜は冷えるねえ。オレ、ちとションベンしてくっから、お前らもあそこの岩陰辺りで済ませて来いよ?」
食事を終えた赤毛の英雄は、二人の少女騎士に向かって言った。
「……よ、余計な気遣いは不要だと言ったハズです!」
「英雄なのに、子供みたいなコト言わないで!」
二人の少女は、耳たぶまで真っ赤になる。
「ボクらのことはいいから、早く行って来なよ!」「ヘイヘイ……」
シャロリュークが用を足しに行くと、後ろで岩陰に走る少女たちの姿があった。
「やれやれ……女ってのも、色々と大変なんだろうな~?」
赤毛の英雄が、砂漠に浮かぶ月を見上げながら用を足していると、満月を黒い影が横切る。
「……なんだぁ、アレは??」
シャロリュークが疑問に思うと、影は直ぐさま英雄の前に降り立った。
「貴様が、シャロリューク・シュタインベルグだな?」
四枚の蝙蝠の翼に、獅子のタテガミを持った牛頭の魔物が、巨大な体躯で立ちはだかる。
「……お前、この砂漠の管理人か? 大方、ここは『ションベン禁止』だって、クレームでも言いに来たんだろ?」
「ガハハハハハハハ! まあ、そんなところだ」月灯りが、影を浮かび上がらせる。
「この砂漠は、『力の魔王』であり『恐怖の魔王』たる『モラクス・ヒムノス・ゲヘナス』が支配下にあるのだあぁッ!!!」
獅子のタテガミを靡かせ、牛頭の悪魔は豪快に吼えた。
「砂漠の大将自らお出ましたあ、恐れいるぜ? で、オレと戦ろうってか?」
「その前に一つ聞いて置こう。『暗黒の魔王』にして『冥府の魔王』である『ルーシェリア・アルバ・サタナーティア』が、討ち倒された……という話は本当か?」
「……さあな? だが、『奴の城が崩壊した』……ってのは、事実だぜ?」
シャロリュークは、『嘘』は言わなかった。
「フンッ! まあ良いわ。赤毛の英雄たる貴様とは、一戦交えて見たかったのでなあ!!」
恐怖の魔王は、巨大な剣を抜くと爆発的な突進力で襲い掛かって来る。
「来い! 『エクスマ・ベルゼ』ッ!!!」
赤毛の英雄が叫ぶと、紅蓮の炎を纏った剣が瞬時に現れ、魔王の剣と斬り結んだ。
「これが噂に聞く『覇王剣』か!? なる程、凄まじい『力』よッ!!!」
力と恐怖の魔王がそう語った通り、辺りにいたサソリやワームが、剣の放つ高熱によって一瞬にして蒸発した。
「……これは……何と凄まじい闘気!?」「こんなの……凄過ぎるよ!?」
異変に気付いて駆けつけた、『アーメリア・ジーレティス』と『ジャーンティ・ナーラシャ』の可愛らしい口が、驚嘆の声を発する。
「おう、お前ら……ずいぶんと長かったじゃねえか?」
意味ありげな言い回しをするシャロリュークに、少女たちの耳たぶは、再び赤く染まった。
「……そっ、そーゆー言い方は、お止め下さい!」
「ほんっと子供ですか! エッチ!」
アーメリアはソッポを向き、ジャーンティは舌を出した。
「グフフフフ……貴様が真の力は、まだまだこんなモノでは無かろう?」
「まあな? それより、テメエが持ってるその剣……」
英雄の言葉に、恐怖の魔王はニヤリと笑った。
「やはり、気付いたか? これは、貴様の『エクスマ・ベルゼ』と共に、『天下七剣』に数えられる名剣『バクウ・ブラナティス』よ!」
魔王は、錆びた青銅色の石のような剣を、天に掲げる。
「……その剣はオッサンの……『ムハー・アブデル・ラディオ』のモノだったハズだが?」
赤毛の英雄は、表情を歪めた。
「ヤツは、見事な武人であったわ。この剣と共に我が記憶に、永遠に刻まれるであろう!」
その言葉の意味を、三人は既に理解していた。
「バカな……! 『蜃気楼の剣士』と謳われた、ムハーさまがやられたと言うのか?」
「シャロリュークさま……ボクらも加勢を……」
「悪ィが、オメエらはすっこんでな」荒々しいオーラを放つ、赤毛の英雄。
「……アーメリア、ジャーンティ。悪いが、こっから先は別行動だ……」
「し、しかし!」「でもッ!」必死に反論する、二人の少女騎士。
「オメエらは王都に向って、伝令の使命を果たせ! オレはコイツに用事が出来ちまった」
「……は、はい」「わかったよ」
少女たちは、魔王や赤毛の英雄と、自分たちとのレベルの違いを、認めざるを得なかった。
「シャロリュークさま……」「ご武運を……」二人の使者は戦場に背を向ける。
魔王は、武人の性格も持ち合わせているとは言え、背を向ける女の背中を狙うのを、躊躇する程甘くも無かったが、今は目の前の好敵手の方がよほど魅力的であった。
「これで、心おきなく戦えるというモノよ」「ああ……来な、魔王!」
「行くぞ、赤毛の英雄!! 『力の魔王』にして『恐怖の魔王』と呼ばれた我が怪力と、この幻影剣『バクウ・ブラナティス』の力を受けるが良いッ!!」
「面白れェぜ。唸れ、『エクスマ・ベルゼ』よッ!! 灼熱となって、燃え盛りやがれ!!!」
覇王剣の『赤い炎』が、『オレンジ』、『黄色』、『白』と変化し、最後は『青白く』光輝いた。
「グフフ……剣の温度が、信じられないほどに上昇して行くわ!!!」
「戦いってのは……こうで無くっちゃなぁ!!」
数分後、二人の少女騎士は遠くで、夜の砂漠が真昼のように明るく輝く現象を、目撃する。
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